へられ、其が段々人間の行動らしくなつて来ると、「ほ」を乞ふと言ふ様な意義をも通つて来た事であらう。
ところが、信仰様式が易つて来ると、「ほ」の有無は別問題になつて、占ひの方面を分化する。其と共に「ほぐ」と言ふ語も、呪言の効果の有無と言ふ側の内容を持つ事になる。神から伝誦した呪言の威力によつて、精霊を其詞に感染させ、誘導すると言ふ義から出で、更に精霊に対して、ある結果を予約すると言ふ内容を持つ事になり、はては、祝詞の詞を、陳べると言ふ様になつて来たのである。文献はじまつてからの「ほぐ」は、どうかすれば、一様に祝福する意に見られる傾きがある。よく見ると「ほ」の観念は鮮やかに残つてゐる。酒《サカ》ほがひは元酒の出来あがる様に呪言を唱へる事ではなかつた。一夜酒の出来方を、「ほ」と見て人の健康を祝福したのである。大歌《オホウタ》の中の本宜《ホギ》歌なども、日本の地で子を産まぬ雁の卵を見て「ほ」と感じ、「ほ」を見て後に唱へた一種の呪言的の歌である。此「ほ」の考へ方などはやはり数次の転化は経て来てゐるので、呪言によつて現れる筈の「ほ」を、逆にまづ不思議な瑞祥に対して「ほ」の印象を強く受け、その上で「ほ」の効果を強めようとして謡うた歌なのである。
「うけひ」が一転すると、「ちかひ」になる。此も語原の知れぬ語である。併し考へて見れば、「とこひ」と言ふ形の語根と tik(=tok)を共通してゐる。うけふ[#「うけふ」に傍線]が後に咀《ノロ》ふの内容を持つて来た様に、此も、音韻の変化と意義分化とが並び行はれて、誓ふと咀《トコ》ふとの相違を生じる事になつたと類推する事が出来さうである。その上、「ちぎる」と言ふ語とも関係がある。ちぎる[#「ちぎる」に傍線]は約束者両人の合意上とる形式的な方法と観られてゐるが、単なる指きり・口固め・語|番《ツガ》への様なものでなく、神を中に立てゝの誓約であつたらしい。後期王朝になつて其用語例が著しく微温化してしまうたが、唯の契約ではない事は察せられる。かうして分化してしまうたが、元は一つであつたに違ひない。
うけひ[#「うけひ」に傍線]は神を試すといふ基礎に立つて、神意の自由発動に任せながら、神の意向を確める事を中心にして、転じて神判など乞ふ場合にも用ゐてゐる。ちかひ[#「ちかひ」に傍線]になると、著しく変つて来る点は、故意に神意の表現を迫る態度を含んでゐる。うけひ[#「うけひ」に傍線]の中、神判を待つ態度のものは既に、ちかひ[#「ちかひ」に傍線]の要素を顕して来たものである。此誓言は偽りでない。若しも嘘であるなら、どんな不思議な結果でも、神が表して見せるであらう。かうした考へに立つて居るのである。うけひ[#「うけひ」に傍線]の場合にも、いろ/\むつかしい「ほ」を乞ふ習慣があつた。其観念を更に誇張して来たのであるから、ちかひ[#「ちかひ」に傍線]に殆ど、不可能な「ほ」の現れを約する事に成るのである。が最注意せねばならぬ点は、将来の現象を「ほ」としようと約したかどうかと言ふ処である。今日残つた文献の上のちかひ[#「ちかひ」に傍線]の詞は、大抵この言に偽りあらば、今後……言ふ風になるだらうと言うた風に見えるが、実はさうではなかつた。此誓言に対しては、神が責任を負うてゐる。目前[#「目前」に白丸傍点]現状を覆す様な現象が起るであらう。かうした表現法なので、神を中介とする時には虚言は出来ぬと言ふ信仰の基礎に立てばこそ、こんな方式も認められてゐたのである。神罰至つてみせしめ[#「みせしめ」に傍点]に不思議な有様を現じるだらうとするのは、後の考へ方である。まして天罰をかけて起請する様なのは、遥かに遅れての代の事であつた。後世の考へ方から見れば、むつかしい「ほ」をかけておけば、却つて偽りに都合のよい様に見える。現代尚屡、行はれる歯痛のまじなひ[#「まじなひ」に傍線]で、「此豆に芽の出るまでは、歯の虫封じを約束しました」と言つた風の言ひ方で、煎り豆を土に埋める様な風習も、単に神を所謂|詭計《オコワ》にかける訣でなかつた。「煎り豆に花の咲くまでは、下界に来るな」と鬼を梵天国に放つた百合若伝説が、稍古い形を見せてゐる。つまり誓ひの方式が、変化したのである。うけひ[#「うけひ」に傍線]の神意を試すところに立脚してゐる処から出て、其に加つて来た神に対する信頼の考へが、どんな事でも神力で現れない事はないとするからである。
神功皇后三韓攻めの時、新羅王のなした誓ひの詞は、日本人としての考へから言うてゐるのだから、此証拠に見てもよい。「則、重ねて誓ひて曰はく、東に出づる日更に西に出で、且、阿利那礼河《アリナレガハ》の返りて逆に流るゝ除《ホカ》は、及び河の石昇りて星辰と為るに非ずば、殊に春秋の朝を闕き怠りて梳鞭の貢を廃《ヤ》めば、天神地祇共に討《ツミ》
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