実は「言ふ」のでなく、「しゞま」の「ほ」を示すのであつた。ところが此処に考へねばならぬのは、善い意味の神は「そしり」「ことゝひ」を自在にするが、わるい意味の神又は、含む所があつて心を示さない神が、専ら「ほ」を示す事に変つて来る。「ほ」の意味の下落でもあり、同時に「ほ」なる語の用ゐられなくなつた一つの原因とも思はれる。かうした場合に、唯ある現象のみ見せて、其由つて来る理由を示さないと言ふ形をとる。あるわるい現象を見て、神の「ほ」と感じ、其意味する所を問ふと言ふよりも寧其原因を求め聞いて、其に対する処置を採らうと言ふ事になる。かう言ふ風に展開して来ると、既にたゝり[#「たゝり」は罫囲み]の観念が確立した訣である。でも其古いものはやはり、人の過失や責任から「たゝり」があるのではなく、神がある事を要求する為に、人困らせの現象を示す風であつた。淡路島神は珠の欲しさであつた。龍田の神は社に祀られたい考へから作物をまづ荒してゐる。即人の注意を惹く為の「ほ」に過ぎない。かうしてくれるかどうかとの強談判に過ぎないので、人のせゐ[#「せゐ」に傍点]ではなかつた。かうして「たゝり」が「祟」の字義にはまつて来る。此が奈良朝或は其以前の此語の内容である。ところが、神の内容が段々醇化して来ると、さうした「たゝり」を人間の過・罪から出るものと考へて来る。平安朝に入つては其色彩が強くなつて、天長四年の詔などに見えて来る。「御体|愈《ヤス》からず大坐《オホマ》しますによりて占へ求むるに、稲荷の社の樹を伐れる罪、祟りに出づと申す……」。「たゝり[#「たゝり」に傍線]にいづ」と言ふ語と「ほ[#「ほ」に傍線]にいづ」と言ふ語とには、輪郭には大した変りはない。唯内容には複雑味が加つて来てゐる。「たゝり[#「たゝり」に傍線]にいづ」はたゝり[#「たゝり」に傍線]として表すと言ふ事である。其を直にたゝる[#「たゝる」に傍線]とも古くから言うてゐる。但し、「……にたゝる」と言つた発想をとる。「何々となつてほ[#「ほ」に傍線]を示す」と言ふ事になるのである。語法は後まで固定して残つてゐても、言語情調や意義は、早くから変化してゐるのだから、「島の神たゝりて曰はく……」など言ふ様な表現を用ゐる事になつたのである。古い俤にかへすと、「獣一つすら獲ぬほ[#「ほ」に傍線]を示し給へるは、何れの神にいまして、いかなる御心かおは
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