こに立つと、まだ寝ついていなかったとみえ、ふとんの上に起き直ったおくさんは、瞬間己の目を疑うように君子の様子を見つめたが、次の瞬間には、あっと低い叫びをあげて立ち上がり、泳ぐような手つきで君子に近づいてきた。が、そこになにを見たのか彫り物のように立ちすくんでしまった。
君子にも気がつかなかったが、君子の後ろには芳夫が立っていたのである。
翌日おくさんは終日床を離れなかった。君子は素知らぬ顔でご用をつとめた。用事のために君子がおくさんのお部屋に入って行くと、いつも芳夫が窓の下に立っていた。
それから、また数日の後だった。君子はおくさんの留守の間に人形を床の間に飾った。これで最後のためしをするつもりだった。用便から部屋に帰ってきたおくさんは、しばらくはそれに気のつかぬ様子であったが、ふと床の間の人形に目がつくとあわてて抱きあげそっと部屋を見廻して、まるで怖いものを手にしたようにそっと畳の上に置いた。そして――やっぱり……知っているのか――と、つぶやくように言った。
次の間からうかがっていた君子と芳夫は、ひそかに顔を見合わせた。
君子は金の札を浅い茶碗の水に浮かべて中風のため口も身
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