―そう思うと今まで夢のように思っていたいろいろの謎が少しずつ解けるように思われる。中風で口も、身体も自由が利かず寝たままの老女の頭髪は、よほど薄くはなっているが黒い毛の一本もまざらぬ白髪ではないか。下男の父は既に死んだということではあるが、それが十年前送ってきた老人に違いない。
 かりに、中風で寝ている白髪の老婆と、未亡人《おくさん》を、そのときの二人の女遍路として考えてみれば、二人は母が金のお札を飲んで死んだものと思っていたに違いない。それが数年を経てひょっこり現われた。殺されねばならなかったと想像することは決して無理ではない。未亡人といえば君子に不思議でならないことがある。それは君子が幼な心に覚えている母の面影とよく似ていることだ。母の殺された原因がここにあるのではないか。
 そう考えだした君子はこの謎を解くために苦しみとおしたが、結局これを解く鍵は人形より外にはないと思った。
 ある夜、ふけてから君子はそっと人形を出して見た。まず着物をはがし、襦袢から着物、帯にいたるまで丹念《たんねん》に調べて見たが、そこにはなんの不思議もなかった。背中に書いてある『抱茗荷《だきみょうが》の説』とは、結局|相剋《そうこく》する双生児の伝説に違いない。と、すぐ考えられたが、左の乳の上に描かれている梅の模様はなんの意味であるのか、君子には容易に解けぬ謎であった。考えあぐんだ末に、君子は『抱茗荷の説』と人形の背中に書いてあるのは、内容を現わす題名に違いない。だからこの人形のどこかにその内容が隠されているのではないか。この上は人形の内部よりほかに探すところはない。君子は思いきって人形の首を抜いて見た。果たしてそこに一枚のかきつけが隠されてあった。

 姉妹は、抱茗荷の説をそのまま、敵《かたき》どうしの双生児として生まれました。そして二人はいずれとも区別のつかぬほどよく似ていたのです。姉妹の母は姉妹にそれぞれ一つずつ人形を与えましたが、その人形を区別するために別々の衣裳をつけさせました。しかし人形を裸にしたときに区別がつかないので、一つの人形の左の乳の上に梅の模様をかきいれました。それは姉妹のそこに梅の花のような形をした痣《あざ》があったからです。姉妹は小さいときから仲がわるかったのですが、年頃になってからついに一人の男を争うようになりました。この争いは姉の勝利となり、姉はその男と結婚
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