、幕、衣裳を染めて租税を払いし者多し。いずれも廃社多きため太《いた》く職を失い難渋おびただし。村民もまた他大字の社へ詣るに衣服を新調し、あるいは大いに修補し、賽銭も恥ずかしからぬよう多く持ち、はなはだしきは宿り掛けの宿料を持たざるべからず。以前は参拝や祭礼にいかに多銭を費やすも、みなその大字民の手に落ちたるに、今は然らず、一文失うも永くこの大字に帰らず、他村他大字の得《とく》となる。故に参詣自然に少なく、金銭の流通一方に偏す。西牟婁郡|南富田《みなみとんだ》の二社を他の村へ合祀せしに、人民他村へ金落とすを嫌い社参せず騒動す。よって県庁より復社を命ぜしに、村民一同大悦しておのおの得意の手伝いをなし、三時間にして全く社殿を復興完成せり。信心の集まる処は、金銭よりも人心こそ第一の財産と知らるなれ。
日高郡|三又《みつまた》大字は、紀伊国で三つの極寒村の第一たり。十人と集まりて顔見合わすことなしという。ここに日本にただ三つしかなきという星の神社あり。古え明星この社頭の大杉に降《くだ》りしを祭る。祭日には、十余里界隈、隣国大和よりも人郡集し、見世物、出店おびただしく、その一日の上り高で神殿を修
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