は脅迫し、あるいは甘言して請願書に調印を求むること、怪しむに堪えたり。必竟合祠の強行は政府の本意にあらじ、小役人私利のためにするところならんとて、五千円の基本金を一人して受け合う。さてその金の催促に来るごとに、役人を近村の料理屋へ連れ行き乱酔せしめ、日程尽き、役人|忙《あわ》て去ること毎度なり。そのうちに基本金多からずとも維持の見込み確かならば合祀に及ばずということで、この社は残る。
次の十丈《じゅうじょう》の王子は、役場からその辺の博徒二人に誨《おし》えて、汝らこの社に因縁ある者と称えて合祀を願い出でよ、しかる時は酬《むく》ゆるに神林の幾分を与うべしとのことで、終《つい》に合祀す。件の悪党、自分にくれた物と思い、その樹林を伐採して売りしを、盗伐と称え告訴し、二人入獄、一人は牢死せり。官公吏が合祀を濫用して姦を勧め、史蹟名勝を滅せし例は、この他にも多く、これがため山地は土崩れ、岩墜ち、風水の難おびただしく、県庁も気がつき、今月たちまち樹林を開墾するを禁ずるに及べり。しかれども合祀依然行なわれおれば、この禁令も何の功なからん。かかる弊害は、紀州のみならず、埼玉、福島、岡山、鳥取諸県より
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