敬する以上は、神社は宗教内のものたること明らけし。仏を祀る仏寺、キリストを拝する耶蘇教寺と何の異あらん。憲法第二十八条すでに信仰の自由を公許さる。神道に比べて由緒はるかに劣れる天理教、金光教すら存立を許しおれり。神祇は、皇祖皇宗およびその連枝また末裔、もしくは一国に功勲ありし人より下りて一地方一村落に由緒功労ありし人々なり。人民これを崇敬するは至当のことなり。神霊は見るべからず、故に神社を崇拝するは耶蘇徒が十字架や祭壇を敬するに同じ。床次次官、先年欧米を巡廻し帰りて、その諸国いずれも寺院、礼拝堂多きを教化の根本と嘆賞せり、と聞く。わが神社何ぞ欧米の寺院、礼拝堂に劣らんや。ただそれ彼方《かなた》には建築用材多く、したがって偉大耐久の寺院多し。わが国は木造の建築を主とすれば、彼方ごとき偉大耐久のもの少なし。故に両大神宮を始め神社いずれも時をもって改造改修の制あり。欧米人の得手勝手で、いかなる文明開化も建築宏壮にして国亡びて後までも伝わるべきものなきは真の開化国にあらずなどいうは、大いに笑うべし。バビロン、エジプト等久しく建築物残りて国亡びなんに、どれほどの開化ありたりとてその亡民に取りて何の功あらん。中米南米には非凡の大建築残りて、誰がこれを作りしか、探索の緒《いとぐち》すらなきもの多し。外人がかかる不条理をいえばとて、縁もなき本邦人がただただ大妓になるべき意気な容姿なきは悦ぶに足らずと憂うると異ならず。娘が芸妓にならねば食えぬようになりなんに、何の美女を誇り悦ぶべき。欧米論者の大建築を悦ぶは、これ「芸が身を助くるほどの不仕合せ」を悦ぶ者たり。
ただし、わが国の神社、建築宏大ならず、また久しきに耐えざる代りに、社ごとに多くの神林を存し、その中に希代の大老樹また奇観の異植物多し。これ今の欧米に希《まれ》に見るところで、わが神社の短処を補うて余りあり。外人が、常にギリシア・ローマの古書にのみ載せられて今の欧米に見る能わざる風景雅致を、日本で始めて目撃し得、と歎賞|措《お》かざるところたり。欧州にも古えは神林を尊び存せしに、キリスト教起こりて在来の諸教徒が林中に旧教儀を行なうを忌み、自教を張らんがために一切神林を伐り尽せしなり。何たる前見の明ありて、伐木せしにあらず、我利のために施せし暴挙たり。それすら旧套を襲いて在来の異神の神林をそのまま耶蘇教寺の寺林とし、もってその風景と威容を副えおる所多し。市中の寺院に神林なく一見荒寥たるは、地価きわめて高く、今となって何とも致し方なきによる。これをよきことと思いおるにはあらじ。されば菊池幽芳氏が、欧州今日の寺院、建築のみ宏壮で樹林池泉の助けなし、風致も荘麗も天然の趣きなければ、心底から人心をありがたがらせ清澄たらしむることすこぶる足らず、と言えるは言の至れるなり。後年日本富まば、分に応じて外国よりいかなる大石を買い入れても大社殿を建て得べし。千百年を経てようやく長ぜし神林巨樹は、一度伐らば億万金を費やすもたちまち再生せず。熊沢伯継の『集義書』に、神林伐られ水|涸《か》れて神威|竭《つ》く、人心乱離して騒動絶えず、数百年して乱世中人が木を伐るひまなきゆえ、また林木成長して神威も暢るころ世は太平となる、といえり。止むを得ぬことといわばそれまでなれど、今何の止むを得ぬこともなきに、求めて神林を濫伐せしめ、さて神林再び長じ神威人心の復帰するまで、たとい乱世とならずとも数百年を待たねばならぬとあっては、当局者の再考を要する場合ならずや。
神社の社の字、支那では古く二十五家を一社とし、樹を植えて神を祭る。『白虎通』に、社稷に樹あるは何の故ぞ、尊んでこれを識して民人をして望んでこれを敬せしむ、これに樹《う》うるにその地に産する木をもってす、とある由。大和の三輪明神始め熊野辺に、古来老樹大木のみありて社殿なき古社多かりし。これ上古の正式なり。『万葉集』には、社の字をモリと訓《よ》めり。後世、社木の二字を合わせて木ヘンに土(杜字)を、神林すなわち森としたり。とにかく神森ありての神社なり。昨今三千円やそこらの金を無理算段して神社の設備大いに挙がると称する諸社を見るに、すでに神林の蓊鬱《おううつ》たるなきゆえ、古えを忍ぶの神威を感ずのという念毛頭起こらず。あたかも支那の料理屋の庭に異ならず。ひたすら維持維持と言いて古制旧儀に背き、ブリキ屋根から、ペンキ塗りの鳥居やら、コンクリートの手火鉢、ガスの燈明やらで、さて先人が心ありて貴重の石材もて作り寄進せしめたる石燈籠、手水鉢、石鳥居はことごとく亡われ、古名筆の絵馬はいつのまにやら海外へ売り飛ばされ、その代りに娼妓や芸者の似顔の石板画や新聞雑誌の初刊付録画を掛けておる。外人より見れば、かの国公園内の雪隠か動物園内の水茶屋ほどの※[#「※」は「くさかんむり+最」、511−
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