は地方に大利潤あるべき金銭を、この不景気はなはだしき世にかかる何の急用なき備えに永久蓄積せしむるは、世間財理の融通を障《さえぎ》り、不得策のはなはだしきで、地方に必要の活金《いきがね》を地下に埋め投ずに同じ。神社の基本金いかに殖えるとも、土地がそれ相応に繁昌せずば何の甲斐あらん。いわんや、実際地方には必ず多少の姦徒あり、種々方策してこの基本金を濫用し去らんとする輩多きをや。一昨年の『和歌山新報』によれば、有田郡奥山村の白山社を生石《おいし》神社に併せ、社趾の立木売却二千五百円を得、合祀費用三百五十円払いて、残り二千百五十円行方不明、石磴《いしだん》、石燈籠、手水鉢等はことごとく誰かの分捕りとなる。かかる例多きゆえ、『紀南新報』に、今の合祀の遣《や》り方では、故跡旧物を破壊して土俗を乱して得るところは狸一疋くらいに止まる、いっそ郡村の役所役場より比較的正直確実なる警察署に合祀処分を一任しては如何《いかん》、と論ぜる人ありしは明論なり。
 また従来最寄りの神社参詣を宛て込み、果物、駄菓子、鮓《すし》、茶を売り、鰥寡《かんか》貧弱の生活を助け、祭祀に行商して自他に利益し、また旗、幟《のぼり》、幕、衣裳を染めて租税を払いし者多し。いずれも廃社多きため太《いた》く職を失い難渋おびただし。村民もまた他大字の社へ詣るに衣服を新調し、あるいは大いに修補し、賽銭も恥ずかしからぬよう多く持ち、はなはだしきは宿り掛けの宿料を持たざるべからず。以前は参拝や祭礼にいかに多銭を費やすも、みなその大字民の手に落ちたるに、今は然らず、一文失うも永くこの大字に帰らず、他村他大字の得《とく》となる。故に参詣自然に少なく、金銭の流通一方に偏す。西牟婁郡|南富田《みなみとんだ》の二社を他の村へ合祀せしに、人民他村へ金落とすを嫌い社参せず騒動す。よって県庁より復社を命ぜしに、村民一同大悦しておのおの得意の手伝いをなし、三時間にして全く社殿を復興完成せり。信心の集まる処は、金銭よりも人心こそ第一の財産と知らるなれ。
 日高郡|三又《みつまた》大字は、紀伊国で三つの極寒村の第一たり。十人と集まりて顔見合わすことなしという。ここに日本にただ三つしかなきという星の神社あり。古え明星この社頭の大杉に降《くだ》りしを祭る。祭日には、十余里界隈、隣国大和よりも人郡集し、見世物、出店おびただしく、その一日の上り高で神殿を修覆し貯蓄金もできしなり。しかるを村吏ら強制して、至難の山路往復八里距てたる竜神大字へ合祀せしむ。さて従前に比して社費は二、三倍に嵩《かさ》むゆえに、樵夫、炭焼き輩払うことならず、払わずば社殿を焼き払い神木を伐るべしと逼《せま》られ、常に愁訴断えず。西洋には小部落ごとに寺院、礼拝堂あり、男女群集して夜市また昼市を見物し、たとい一物を買わずとも散策運動の便《たより》となり、地方繁栄の外観をも増すが常なるに、わが邦にはかかる無謀の励行で寂寥たる資材をますます貧乏せしむるも怪しむべし。
 すべて神社の樹木は、もとより材用のために植え込み仕上げたるにあらざれば、枝が下の方より張り、節多く、伐ったところが価格ははなはだ劣る。差し迫りしこともなきに、基本金を作ると称し、ことごとくこれを伐らしむるほどますます下値となる。故に神林ことごとく伐ったところが何の足しに成らず、神社の破損は心さえ用うれば少修理で方《かた》つくものなれば、大破損を待って遠方より用材を買い来て修覆するよりは、従来ごとく少破損あるごとにその神社の林中より幾分を伐ってただちにこれを修めなば事済むなり。置かば立派で神威を増し、伐らば二束三文の神林を、ことごとく一時に伐り尽させたところが、思うほどに売れず、多くは焚料《たきもの》とするか空しく白蟻を肥やして、基本金に何の加うることなき所多し。金銭のみが財産にあらず、殷紂は宝玉金銀の中に焚死し、公孫※[#「※」は「おうへん+贊」、読みは「さん」。507−13]は米穀の中に自滅せり。いかに多く積むも扱いようでたちまちなくなる、殆《あやう》きものは金銭なり。神林の樹木も神社の地面も財産なり。火事や地震の節、多大の財宝をここに持ち込み保全し得るは、すでに大倉庫、大財産なり。確固たる信心は、不動産のもっとも確かなるものたり。信心薄らぎ民に恒心なきに至らば、神社に基本金多く積むとも、いたずらに姦人の悪計を助長するのみ。要するに人民の好まぬことを押しつけて事の末たる金銭のみを標準に立て、千百年来地方人心の中点たり来たりし神社を滅却するは、地方大不繁昌の基なり。
 第四に、神社合祀は国民の慰安を奪い、人情を薄うし、風俗を害することおびただし。『大阪毎日新聞』で見しに、床次《とこなみ》内務次官は神社を宗教外の物と断言し、さて神社崇敬云々と言いおる由。すでに神を奉祀して神社といい、これを崇
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