倉といい、飢民皆出て鼠穴に食を求め済活甚だ多し(『類函』四三二)。『古事記』に、大国主神、須勢理毘売《すせりひめ》と婚するに臨み、今も蛮民間に行わるるごとく、姫の父|須佐之男命《すさのおのみこと》が、種々と大黒主神を苦しめてその勇怯を試みる中に、鳴鏑《かぶらや》を大野の中に射てその矢を採《と》らしめ、神がその野に入った時火で囲み焼く、神出る所を知らず火に困る所へ鼠来って、内はホラホラ外はスブスブといったからそこを踏むと落ち入りて地下に隠る、その間に火は燃え行き過ぎた。その時鼠が鳴鏑を持ち来りて奉ったとある。カフィル人の説に、昔創世の神イムラ金の馬に乗り、魔王ユシュ鉄の馬に乗り、競走するに勝負決せず、創世神無数の鼠を作り出し、鼠が地を穿ち穴だらけにしたので鉄の馬踏み込んで足立たず、ついに金の馬の勝ちとなったというも似た話だ(ロバートソンの『クルジスタンのカフィル』三八四頁)。リヴィングストーンの『南阿行記』七章に、マシュエ附近に鼠多く、その穴地下に充満して人歩むごとに足を陥《おとしい》るとある。神代日本にもそのような地があったので、大国主を鼠が救うた譚も出たのだ。支那には人が鼠の穴を掘っ
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