の、身を粉に成して稼《かせ》げ世の中」。亭主これより遊興をやめ、一向商業を励んで富貴の家となった。人は神の徳に依って運を添うといいしは誠なるかなとある。怪しい話ながら動物崇拝など大抵こんな事で、金色の鼠王なども当時の中央アジア人に取っては、わが国王こそ毘沙門の正統で、現にその使物が生身でわれわれの供物を納受しましますという信念を堅め、中央アジアの文化を高むるに大いに力あった事と惟《おも》う。
一九〇四年ロンドン発行、『人』雑誌一二二頁に、ギリシアのシクラデス諸島では、黒い諸動物は吉兆、白いのは不祥と信ずと記す。一八五九年板『ノーツ・エンド・キーリス抄記』一二頁に、英国の南ノーサンプトンで病室を白鼠が過ぐると見れば、患者必ず死すと信ずと載す。これらは流変《りゅうがわ》りで例外に近く、大抵の国民は白鼠を吉祥とする。『嬉遊笑覧』に、『太平広記』にいわく、白鼠身|皎玉《こうぎょく》のごとく白し。耳足紅色、眼※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》また赤きもの、すなわち金玉の精なり。その出づる所を伺い掘れば金玉を獲《う》べし、鼠五百歳なればすなわち白し。耳足紅からざるものは常鼠なり
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