靴を穿《うが》たんとするに、すでに一足を陥れて鼠あり、人のごとく立ちて拱す、再三叱れども退かず、公怒り一靴を取りてこれに投ぐるに、中に巨|※[#「兀のにょうの形+虫」、第4水準2−87−29]《き》尺余なるありて墜《お》ちたり、鼠すなわち見えず、憎むべきの物を以てまた能く人のために患を防ぐは怪しむべしとあるを思い出で、もしさる事もやと衾《ふすま》を※[#「塞」の「土」に代えて「衣」、第3水準1−91−84]《かか》げ見れば糸《いと》大いなる蜈蚣《むかで》の傴《くぐ》まりいたりければすなわち取りて捨てつ。糸|可笑《おか》しくもくるやと思いいるにさて後は音なくなりぬ。偶然の事なめれども、もしまた前の報いしたるならば下劣の鼠すらなお恩は知るものと哀れなり」。
ジスレリの『文海奇観』に、禁獄された人が絃を鼓する事数日にして鼠と蜘蛛《くも》が夥しく出で来り、その人を囲んで聴きおりさて弾じやむと各《おのおの》退いた。さて毎度弾ずるごとに大入り故、獄吏に請いて猫を隠し置き、音楽で鼠を集めて夢中になって感心しいる処を掩殺《えんさつ》させたとある。鼠や蜘蛛がそれほど音楽を好むかは知らぬが、列子やダーウ
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