と従者多く伴れて貿易のためルチャ国に往く。その妃親臣を呼び、窃《ひそ》かに従い行かしめ、何時《いつ》でもわが夫浴するを見ばその腰巻を取り帰ってわれに渡せと命じた。ルチャ王その宮殿の屋根より太子の一行来るを見、使をして汝は不断繁昌するの術を知るか、一日繁昌するの法を知るかと問わしめると、不断繁昌する術を知ると答う。王すなわち太子の商品を没収し、従者象馬に乗って去り、太子一人無銭で置き去られ、やむをえず最下民同然、腰巻一つで富家に奉公す。その時までも妃が付け置いた親臣のみ太子に附き添い、一日《あるひ》太子浴するとて脱ぎ捨てた腰巻を拾うて帰国を急ぎ、妃に奉ると、妃これを蔵《おさ》めた。妃その者より太子の成行を聴き取り、手拭《てぬぐい》一つと鼠一疋携えてかの国へ往った。国王使して前度のごとく質《ただ》さしむると、妃、われは一日繁昌すべき術を知ると答えた。王すなわち妃を請じ、また太子の従者|脱《のが》れて近所にあった者を招集し、太子より取り上げた一切財宝を誰に遣るべきかを決すべしとて猫一疋を出し、この猫が飛び掛かった人に遣るべしといい、一同王を囲んで坐した。太子の妃は持参した手拭で隠し置いた鼠をしばしば現わし示すと、猫これを見付け、王が縦《はな》つや鼠欲しさに妃に飛び掛かったから、王一切の物件を妃に渡し、妃これを象馬に積んで夫の従者を領して帰国した。太子はいつまで働いても埒《らち》が明かず、阿房《あほ》らしくなって妃に後《おく》るる数日、これまた帰国し、サア妃を打とうと取り掛かる。妃は従者一同の前で古腰巻を取り出し、これは誰の物と夫に問うと、王子一見して自分の窮状を知られたと覚《さと》り、金儲けして帰ったと詐《いつわ》りもいえず、大いに恥じ入った。妃全体|良人《おっと》が持って出た財宝は今誰の物になり居るか、従者に聴いた上妾を打たれよと言ったので王子返答も出ず。妻を打つのを全廃したという(一九〇九年板、ボムパスの『サンタル・パルガナス俚伝』一一三頁)。『閑田耕筆』三に、人は眼馴れた物を貴ばず、鶏や猫が世に少なかったら、その美麗で大用あるを賞し争うて高価で求むるだろうと言ったはもっともで、ロンドン市長が素寒《すかん》な少年時代に猫ない土地へ猫を持ち渡り、インドの鼠金商主が、死鼠一疋から大富となった話も実際ありそうな事だ。さればボーモントおよびフレッチャーの『金無い智者』にも不思議に好景気な人を指して、精魂が鼠か妖婆の加護を受くるでないかという辞《ことば》がある。
鼠は好んで人の物を盗み匿《かく》す。西鶴の『胸算用《むねさんよう》』一に、吝嗇《りんしょく》な隠居婆が、妹に貰いし年玉金を失い歎くに、家内の者ども疑わるる事の迷惑と諸神に祈誓する。折節《おりふし》年末の煤払《すすはら》いして屋根裏を改めると、棟木《むなぎ》の間より杉原紙《すぎはらがみ》の一包みを捜し出し、見るにかの年玉金なり。全く鼠が盗み隠したと分ったとあり。幼少の頃読んだ物の名は忘れたが、浪人が家主方へ招かれ談して帰った跡で、その席に置いた金が見えず、浪人に質すと、われ貧に苦しみて盗めりとて謝罪し、早速一人娘を遊女に売って償却した。そののち大掃除をすると鼠の巣から見出した、浪人は償却しおわると直ぐ転住して行衛《ゆくえ》知れず、家主一生悔恨したとあった。支那にも『輟耕録』十一に、西域人木八剌、妻と対し食事す、妻金の肉|刺《さ》しで肉を突いて、口に入れ掛けた処へ客が来た。妻肉さしをそのまま器中に置き、茶を拵えて客に出し回って求むるに肉さしなし。今まで傍に在《い》た小婢を疑うて拷問厳しくしたが、盗んだと白状せずに死んだ。一年余りして職人に屋根を修理せしむると、失うた金の肉刺しが石に落ちて鳴った。全く誰もいない内に来た猫が肉とともに盗み去ったものと分った。世事かくのごとくなるもの多し、書して後人の鑑《かがみ》となすとあり。『竜図公案《りょうとこうあん》』四にも似た話を出し居るが、鼠の代りに人が盗み取ったとし居る。山東唐州の房瑞鸞てふ女、十六で周大受に嫁し、男可立を生んで一年めに夫が死んだ、二十二歳で若後家となり、守節十七年、可立も名のごとく立つべき年齢になったので、妻を迎えやらんと思えど、結納金乏しくて誰も嫁に来らず。時に衛思賢という富氏五十歳で妻に死に別れ、房氏の賢徳を聞いて後妻に欲しいと望む。孔子は賢を賢として色に換うというたが、この人はその名のごとく賢をも女をも思うたらしい。房氏銀三十両を結納金に貰うて衛氏に改嫁し、更にその金を結納として悴《せがれ》可立のために呂月娥てふ十八歳の婦《よめ》を迎えた。しかるに可立は一向夫婦の語らいをせずに歳を過す様子、月娥怪しんで問うと、汝を迎うる結納金は母が改嫁して得たもの故、われ稼《かせ》いでこの金を母に還した上、始めて雲雨合歓を催そうと。月
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