差し出した届けの朱書に、その鼠、色赤く、常鼠より小さく、腹白く、尾短しとある由(『郷土研究』二巻、白井博士「野鼠と竹実」)。リゾムス属の物と見えぬが食い試みたら存外珍味かも知れぬ。アフリカの蘆原に穴居する蘆鼠は、アウラコズス属の鼠で肉味豚に似るから土豚の称あり。焼き食うて珍重さる(シュワインフルトの『阿非利加《アフリカ》の心』十六章)。
 それから東西洋とも鼠を医療に用いた事多く、プリニウスは鼠を引き割《さ》いて蛇に咬まれた創《きず》へ当てたらよいと言った。また鼠の肝を無花果《いちじく》に包んで豚に食わすとどこまでも付いて来ると言った。豚を盗む法だ。この法は人にもきくとあるから、イモリの黒焼きを買うに及ばぬ。ただしその人油一盃呑んだらきかぬとある。英国の民間療法に鼠を用ゆる事多い中について、鼠を三疋炙って食わばどんな寝小便でもやまるという(『ノーツ・エンド・キーリス抄記』一六四一頁)。これは日本でもいう事だ。漢方には牝鼠を一切用いず。和方もさようと見えて、指の痛みを治するに雄鼠糞と梅仁《ばいにん》を粉にし飯粒でまぜ紙に付けて貼《は》るべし、雄鼠の糞は角立てあり、雌鼠の糞は丸しとある(『譚海』一五)。貝原篤信先生は、ちと鼠から咬まされた物か、猫を至って不仁な獣と貶《けな》し、鼠は肉、肝、胆、外腎、脂、脳、頭、目、脊骨、足、尾、皮、糞皆能あり用うべし。およそ一物の内、その形体処々功能多き事鼠に逾《こ》えたる物なしと賞賛した(『大和本草』一六)。
 およそ鼠ほど嫌い悪《にく》まるる物は少ないが、段々説いた所を綜合すると、世界の広き、鼠を食って活き居る人も多く、迷信ながらもこれを神物として種々の伝説物語を生じた民もあり。鼠も全く無益な物でないと判る。



底本:「十二支考(下)」岩波文庫、岩波書店
   1994(平成6)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「南方熊楠全集 第一・二巻」乾元社
   1951(昭和26)年
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「コラン・ド・プランシー」と「コラン・ド・ブランシー」の混在は底本通りにしました。
入力:小林繁雄
校正:門田裕志、仙酔ゑびす
2009年8月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozo
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