りてなどか人の恋しき」てふ態となる。アレキサンダー大王、平生四種の絵具だけで城を傾くるほど高価の画を成すアペルレースも、ただこの一の色をかほど扱いあぐむ心根を不便《ふびん》がり、さしもわが身よりも惜しんだ寵姫を思い切ってアに賜いし、それ自ら制して名工を励ました力の偉なる、ペルシャ、インドの大敵を蹂躪《じゅうりん》した武功に勝《まさ》る事万々とプリニウスが頌讃した。上述の嬌女神海中より出現の霊画は実にアがこのパンカステをモデルとして全力を竭《つく》し仕上げた物という。
アテナイオスの『学者燕談』一三には、当時アテーネ遊君の大親玉フリーネがエレウシスの大祭に髪を捌《さば》いて被《おお》うたばかりの露身の肌を日光に照らし、群衆|瞠若《どうじゃく》として開いた道を通って海に入り神を礼し、返って千々に物思う人ほど数の知れざる浜の真砂の上に立ち、その長髪より水を滴《したた》らすを観る者各々アフロジテ神再び誕生したと※[#「耒+禺」、第3水準1−90−38]語《ぐうご》した。これを親《まのあた》り目撃したアペルレースがそれをモデルにしてかの図を作ったと記す。このフリーネは前に往者《おうしゃ》なく後
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