を過したアレキサンドリヤの貧しい一靴工に比べて、天の照覧その功徳に径庭《けいてい》少しもなしと判ぜられた。して見ると、この靴工が毎朝隣人や貧者のために真心籠めた祈念の効は、尊者が多大の財産を慈善事業に撒《ま》き散らしたのと対等で、一生女に寄り付かず素食して穴居苦行しただけ尊者の損分じゃてや。
そもそも、熊楠幼時より信心厚く、何でもござれで諸宗の経典に眼を晒《さら》し、断食苦行などは至極の得手物で、先日円寂した土宜法竜大僧正など、汝出家せば必ず中興の祖師となれると勧められた。毎度のこと故その気になってしからばなって見ようというと、『維摩経《ゆいまぎょう》』に、法喜を以て妻とし慈悲心を女となし、諸淫舎に入りては欲の過ちを示し、諸|酒肆《しゅし》に入りては能《よ》くその志を立つとある。貴公酒を飲みながら勉強するは知れ渡り居るが女の方は如何と問うた。予は生来かつて女に構わぬと答えると、それは事実かと反問した。初め予ロンドンに著《つ》いた夜勝手が分らず、ユーストン街にユダヤ人が営む旅館に入って日夜外出せず。客の間に植物標本を持ち込んで整理し居る内、十七、八の女毎度|馴々《なれなれ》しく物言い懸
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