ない。真のトルーフル中最も重要なはチュベール・メラノスポルム。これは円くて麁《あら》い疣《いぼ》を密生し、茶色または黒くその香オランダ苺《いちご》に似る。上等の食品として仏国より輸出し大儲けする。秋冬ブナやカシの下の地中に生ず。イタリアでもっとも貴ばるるチュベール・マグナツムは疣なく、形ザッと蜜柑《みかん》の皮を剥いだ跡で嚢の潰れぬ程度に扁《ひら》めたようだ。色黄褐で香気は葱《ねぎ》と乾酪《チーズ》を雑《まじ》えたごとし。だから屁にもちょっと似て居る。秋末、柳や白楊や樫の林下の地中また時として耕地にも産す。前年御大典に臨み、外賓に供するに現なまのトルーフルと緑色の海亀肉を用いたらそっちも歓《よろこ》びこちらも儲けると、今更気付いた人あって、足下《そっか》は当世の陶朱子房だから何分|播種《はしゅ》しくれと、処女を提供せぬばかりに頼まれたが、所詮盗人を見て縄をなう急な相談で、紀州などには二物ともに恰好の地があるがそう即速には事行かなんだ。
 何故トルーフルがかく尊ばるるかというに、相も変らず古今を通じて浮世は色と酒で、この品殊に精力を増すから、旧《ふる》く嬌女神アフロジテの好物と崇められ諸
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