と闘わじという。猪過ぐるを得て虎を顧みて曰く、虎汝四足あり、我また四足あり、汝来って共に闘え、何を以て怖れて走ると。虎答えていわく、汝毛|竪《た》ちて森々《しんしん》たり、諸畜中下極たり、猪汝速やかに去るべし、糞臭堪ゆべからずと。猪自ら誇って曰く、摩竭と鴦の二国、我汝とともに闘うを聞かん、汝来って我と戦え、何を以て怖れて走る。虎答う、身を挙げて毛皆|汚《きたな》し、猪汝が臭我を薫ず、汝闘うて勝ちを求めんと欲せば、我今汝に勝ちを与えんと。これは、鳩摩羅迦葉尊者《くまらかしょうそんじゃ》が無分別な者にかなわぬという譬喩に引いたのだが、とにかく虎も猪の汚臭には閉口すると見える。
 ところが、ロメーンズは、豕の汚臭は本《もと》その好むところにあらず、ただこの物乾熱よりも湿泥を好み、炎天に皮膚の焼かるるを嫌《いと》うて泥に転がる。さればその汚く臭くなるは、豕自身よりは飼い主の過失だと論じある(『動物の智慧』五版、三四〇頁)。これは酒を好む者を咎めずに盃を勧めた人を譴《せ》めるような論で、ラクーンが食物を獲るごとに洗わずんば喫《く》わず、猫が大便を必ず埋めるなどと異なり、豕が湿泥を好むはもっともと
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