なるものというべきかと評す。『想山著聞奇集』五に、野猪|熾《さか》り出す時は牝一疋に牡三、四十疋も付き纏《まと》うて噛み合い、互いに血を流し朱になっても平気で群れ歩く。この時は色情に目暮れて人をも一向恐れず、甚だ不敵になり居ると載す。『中阿含経』一六にいわく、大猪、五百猪の王となって嶮難道を行く、道中で虎に逢い考えたは、虎と闘わば必ず殺さるべし。もし畏《おそ》れ走らば諸の猪が我を侮らん。何とかこの難を脱したいと念《おも》うて虎に語る。汝我と闘わんと欲せば共に闘うべし。しからずんば我に道を借して過ぎしめよと。虎曰く共に闘うべし、汝に道を借さずと。猪また語るらく、虎汝暫く待て、我れ我が祖父伝来の鎧《よろい》を著《つ》け来って戦うべしという。虎心中に、猪は我敵にあらず、祖父の鎧を著《き》たって何ほどの事かあらんと惟《おも》い、勝手にしろというと、猪還って便所に至り身を糞中に転《ころ》がし、眼まで塗り付け、虎に向って汝闘わんとならば闘うべし。しからずば我に道を借せという。虎これを見て我常に牙を惜しんで雑小虫をすら食わず。いわんやこの臭猪に近付くべけんやと、すなわち猪に語って、我汝に道を借す、汝
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