間に指を入れて肋骨へ掛けて尻まで剥《は》ぐ。さて骨に掛けず流血も少なく尻の肉を四角な片《きれ》に刻み去る。牛大いに鳴く時客人一同座に就く。牛は戸辺にあって流血少なし。屠者骨より肉を切り離すは腿や大動脈のある処を避く。ついに腿の肉を切り取るに及び牛夥しく血を出して死す。死んだ後の肉は硬くて旨からずとするとあって、つまりアビシニア人は生きた牛から切り取ってその肉を賞翫するのだ(一八五三年版、パーキンスの『アビシニア住記』一巻三七二頁以下)。ただしアビシニア人を残酷極まると記した英国人も、舌を満足させるために今も随分酷い屠殺|割烹《かっぽう》法を行う者で、その総覧ともいうべき目録を三十年ほど前『ネーチュール』へ出した人があったが、予ことごとく忘れてしまい、鰕《えび》を鍋の中で泳がせながら煮る一項だけ覚え居る。というと日本でも生きた泥鰌《どじょう》を豆腐と一所に煮てその豆腐に穿《うが》ち入りて死したのを賞味する人もあるから、物に大小の差こそあれ無残な点に甲乙はない。故に君子は庖厨《ほうちゅう》を遠ざくで、下女が何を触れた手で調《ととの》えたか知らぬ物を旨がるところが知らぬが仏じゃ。
 一七一五
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