欠いてもスペインで真の美人とせぬとある。故ハックスレーが説いた通り、ギリシア人スペイン人とも髪も眼瞳も黒くメラノクロイと称する白人中の一類に属するから、その美女の標準も大抵同一なるべく、したがってヘレナの乳は小さかったから小觴のモデルにしたらしい。ヘレナ、大神ゼウス天鵝に化けて、スパルタ王の妻レーダに通じ生ませた娘で、神を妬《ねた》ますばかりの美貌から、一生に二度|拐帯《かいたい》され、四人の妻となった。トロヤ大合戦もここに起った。人物画の大名人ゼウクシス、クロトンのヘーラ女神廟に掲ぐべきヘレナの肖像画を頼まれた時、クロトン最美の処女五人を撰み、一々その最好の相好を取り合せて作ったのが絶世の物だった。もちろん夥しい報酬を獲たがなお慾張って、廟に掲ぐる前に、見料先払いでその画を観せ、大儲け、因ってこの画のヘレナを遊君と綽名《あだな》したという。これらでヘレナは滅法界な美女と判り、その乳もよほど愛らしかったと知れる。



底本:「十二支考(下)」岩波文庫、岩波書店
   1994(平成6)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「南方熊楠全集 第一・二巻」乾元社
   1951(昭和26)年
初出:1「太陽 二九ノ一」
   1923(大正12)年1月
   2「太陽 二九ノ四」
   1923(大正12)年4月
   3「太陽 二九ノ七」
   1923(大正12)年6月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:門田裕志、仙酔ゑびす
2009年8月23日作成
2009年9月10日修正
青空文庫作成ファイル:
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