のほかの者が作るを禁じた。王毎度その画場へ来た。一日《あるひ》来りて知りもしないで画の事を種々しゃべくるをアが徐《しず》かに制して、今そこに色料を砕き居る小僧に笑わるるから知らぬ事を言いたもうなと言った。王は聞えた怒り性だったが、かく言われても肝癪《かんしゃく》を起さず。それほどまでも厚くアを重んじた。王若い時高名の女嫌いだったが後翻然として改宗し、大好きとなったは初めてパンカステの麗容に目が眩《くら》んでからだ。パ、それより王の最愛の妾となり、三千寵幸一身に集まり、明けても暮れても王の涎《よだれ》を受け続けた。それもそのはず、この女天の成せる玉質|柔肌《じゅうき》、態媚容冶《たいびようや》常倫を絶し観《み》る者ほとんど神かと乱れ惑うた。かかる曠世《こうせい》の尤物《ゆうぶつ》を無窮に残し拝ますはアの筆のほかにその術なしとあって、その装束を脱いだ体を画かしめた。アその痩せて増すべからず、肥えて減ずべからざる肉付きの妙なるに、心悸|臂揺《ひよう》し、茫然自失して筆を落し続け、写生はお流れ、それからちゅうものは日々憂鬱して神《しん》定まらず「浅茅《あさぢ》ふの小野の笹《しの》原忍ぶれど、余りてなどか人の恋しき」てふ態となる。アレキサンダー大王、平生四種の絵具だけで城を傾くるほど高価の画を成すアペルレースも、ただこの一の色をかほど扱いあぐむ心根を不便《ふびん》がり、さしもわが身よりも惜しんだ寵姫を思い切ってアに賜いし、それ自ら制して名工を励ました力の偉なる、ペルシャ、インドの大敵を蹂躪《じゅうりん》した武功に勝《まさ》る事万々とプリニウスが頌讃した。上述の嬌女神海中より出現の霊画は実にアがこのパンカステをモデルとして全力を竭《つく》し仕上げた物という。
アテナイオスの『学者燕談』一三には、当時アテーネ遊君の大親玉フリーネがエレウシスの大祭に髪を捌《さば》いて被《おお》うたばかりの露身の肌を日光に照らし、群衆|瞠若《どうじゃく》として開いた道を通って海に入り神を礼し、返って千々に物思う人ほど数の知れざる浜の真砂の上に立ち、その長髪より水を滴《したた》らすを観る者各々アフロジテ神再び誕生したと※[#「耒+禺」、第3水準1−90−38]語《ぐうご》した。これを親《まのあた》り目撃したアペルレースがそれをモデルにしてかの図を作ったと記す。このフリーネは前に往者《おうしゃ》なく後に来者《らいしゃ》なしといわれた美妓で素性は極めて卑しくあたかも三浦屋の高尾が越後の山中、狼と侶を為《な》さんばかりの小舎《こや》に生まれたごとく(『北越雪譜《ほくえつせっぷ》』)、ペオチアの田舎で菜摘みを事としたが、転じてアテーネの遊君となってより高名の士その歓を求むる者引きも切らず、一たび肢を張れば千金到り一たび要《こし》を揺《うご》かせば万宝|納《い》る。かほど金になる女身を受けて空しく石となった松浦佐夜姫《まつらさよひめ》を愍笑《びんしょう》せんばかり。さればアレキサンダー王テーベスを壊《やぶ》った時「アレキサンダー王はこの城壁を砕けり、妓王フリーネはこれを再興せり」と銘するだに許されたる、これを修めて旧観に復せしめんと出願したほどの大金持となった。かつて、弁士エウチアスに重罪犯として訴えられた時、その情夫の一人で大雄弁家なるフペリデースに弁護されしもややもすれば負けそうだった。その時フ一計を案出し、フリーネを唆《そその》かしてその乳房を露《あら》わさしめた。これ昔天孫降下ましましし時、衢神《ちまたのかみ》猿田彦大神長さ七|咫《あた》の高鼻をひこつかせて天《あま》の八達之衢《やちまた》に立ち、八十万《やそよろず》の神皆|目勝《まか》って相問を得ず。天《あめ》の鈿女《うずめ》すなわちその胸乳《むなち》を露わし裳帯《もひも》を臍の下に抑えて向い立つと、さしもの高鼻たちまち参ったと『日本紀』二の巻に出づ。
玄宗皇帝が楊貴妃浴を出て鏡に対し一乳を露わすを捫弄《もんろう》して軟温新剥鶏頭肉というと、傍に在《い》た安禄山《あんろくざん》が潤滑なお塞上の酥《そ》のごとしと答えた。プリニウス説にロネス島のリンドスなるミネルヴァ神廟にエレクトルム(金と銀と合した物)の小觴《こさかずき》あり。神女ヘレナの寄附した品でその美しい乳房をモデルに作ったそうだ。プラントームの『レダムガラント』にスペイン女の三十相を挙げて、膚と歯と手は白きを要し、目と眉と睫毛《まつげ》は黒きを要し、唇と頬と爪は紅《あか》きを要し、胴と髪と手は長きを要しとは、手の長い者は盗みすると日本でいうと違う。それから歯と耳と足は短きを欲し、胸と額と眉間《みけん》は広きを欲し、上の口と腰と足首は狭きを欲し、臀《しり》と腿《もも》と腓《ふくらはぎ》は大なるを欲し、指と髪と唇は細きを欲し、乳と鼻と頭は小さきを欲す。一つ
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