に来者《らいしゃ》なしといわれた美妓で素性は極めて卑しくあたかも三浦屋の高尾が越後の山中、狼と侶を為《な》さんばかりの小舎《こや》に生まれたごとく(『北越雪譜《ほくえつせっぷ》』)、ペオチアの田舎で菜摘みを事としたが、転じてアテーネの遊君となってより高名の士その歓を求むる者引きも切らず、一たび肢を張れば千金到り一たび要《こし》を揺《うご》かせば万宝|納《い》る。かほど金になる女身を受けて空しく石となった松浦佐夜姫《まつらさよひめ》を愍笑《びんしょう》せんばかり。さればアレキサンダー王テーベスを壊《やぶ》った時「アレキサンダー王はこの城壁を砕けり、妓王フリーネはこれを再興せり」と銘するだに許されたる、これを修めて旧観に復せしめんと出願したほどの大金持となった。かつて、弁士エウチアスに重罪犯として訴えられた時、その情夫の一人で大雄弁家なるフペリデースに弁護されしもややもすれば負けそうだった。その時フ一計を案出し、フリーネを唆《そその》かしてその乳房を露《あら》わさしめた。これ昔天孫降下ましましし時、衢神《ちまたのかみ》猿田彦大神長さ七|咫《あた》の高鼻をひこつかせて天《あま》の八達之衢《やちまた》に立ち、八十万《やそよろず》の神皆|目勝《まか》って相問を得ず。天《あめ》の鈿女《うずめ》すなわちその胸乳《むなち》を露わし裳帯《もひも》を臍の下に抑えて向い立つと、さしもの高鼻たちまち参ったと『日本紀』二の巻に出づ。
 玄宗皇帝が楊貴妃浴を出て鏡に対し一乳を露わすを捫弄《もんろう》して軟温新剥鶏頭肉というと、傍に在《い》た安禄山《あんろくざん》が潤滑なお塞上の酥《そ》のごとしと答えた。プリニウス説にロネス島のリンドスなるミネルヴァ神廟にエレクトルム(金と銀と合した物)の小觴《こさかずき》あり。神女ヘレナの寄附した品でその美しい乳房をモデルに作ったそうだ。プラントームの『レダムガラント』にスペイン女の三十相を挙げて、膚と歯と手は白きを要し、目と眉と睫毛《まつげ》は黒きを要し、唇と頬と爪は紅《あか》きを要し、胴と髪と手は長きを要しとは、手の長い者は盗みすると日本でいうと違う。それから歯と耳と足は短きを欲し、胸と額と眉間《みけん》は広きを欲し、上の口と腰と足首は狭きを欲し、臀《しり》と腿《もも》と腓《ふくらはぎ》は大なるを欲し、指と髪と唇は細きを欲し、乳と鼻と頭は小さきを欲す。一つ
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