ない。真のトルーフル中最も重要なはチュベール・メラノスポルム。これは円くて麁《あら》い疣《いぼ》を密生し、茶色または黒くその香オランダ苺《いちご》に似る。上等の食品として仏国より輸出し大儲けする。秋冬ブナやカシの下の地中に生ず。イタリアでもっとも貴ばるるチュベール・マグナツムは疣なく、形ザッと蜜柑《みかん》の皮を剥いだ跡で嚢の潰れぬ程度に扁《ひら》めたようだ。色黄褐で香気は葱《ねぎ》と乾酪《チーズ》を雑《まじ》えたごとし。だから屁にもちょっと似て居る。秋末、柳や白楊や樫の林下の地中また時として耕地にも産す。前年御大典に臨み、外賓に供するに現なまのトルーフルと緑色の海亀肉を用いたらそっちも歓《よろこ》びこちらも儲けると、今更気付いた人あって、足下《そっか》は当世の陶朱子房だから何分|播種《はしゅ》しくれと、処女を提供せぬばかりに頼まれたが、所詮盗人を見て縄をなう急な相談で、紀州などには二物ともに恰好の地があるがそう即速には事行かなんだ。
何故トルーフルがかく尊ばるるかというに、相も変らず古今を通じて浮世は色と酒で、この品殊に精力を増すから、旧《ふる》く嬌女神アフロジテの好物と崇められ諸国王者の珍羞たり。化学分析をやって見るに著しく燐を含めりとか。壮陽の説も丸啌《まるうそ》でないらしい。したがって尾閭禁ぜず滄海《そうかい》竭《つ》きた齶蠅《がくよう》連は更なり、いまだ二葉の若衆より※[#「囗<睛のつくり」、第3水準1−15−33]《かわや》に杖つくじいさんまでも、名を一戦の門に留めんと志す輩《やから》、皆争うてこれを求めたので、トルーフルを崇重する余りこれを神の子と称えた碩学《せきがく》すらある。これその強補の神効を讃えたに出づるはもちろんなれど、また一つはこの物土中に生ずるを不思議がる余り雷の産む所としたにもよる。支那でも地下にある多孔菌一種の未熟品を霹靂《へきれき》物を撃って精気の化する所と信じ雷丸雷矢すなわち雷の糞と名づけ、小児の百病を除き熱をさます名薬とした。ただし久しく服すれば人を陰痿《いんい》せしむとあるからトルーフルの正反対で、現今の様子ではこっちを奨励せにゃならぬかも知れぬ。(一八九二年パリ版、シャタン著『ラ・トルフ』。エングレルおよびプラントンの『植物自然分科』一輯一巻二八六―七頁。『大英百科全書』十一版二七巻三二二頁。『本草綱目』三七。ブラントーム
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