と信じたのだ。八文字屋本《はちもんじやぼん》などに吉原遊廓を北洲と号《な》づけいるはこの訳で、最も楽しい所の意味だろう。
 しかるに、『起世因本経』八には北洲が吾人の住む南洲に勝る事三つ、一には彼人我我所なし、二には寿命最も長し、三には勝上行あり、南洲が北洲に勝る事五つ、一には勇健、二には正念、三には仏出世の地たり、四にはこれ修業の地なり、五には梵行を行する地たりとあって、差し引き吾人の住む天下が、北洲に勝る事多しとした。これは出世間《しゅつせけん》の宗旨から立てた見解だが、世間法に言い替えても余りに平等ばかりの社会には、奮発とか、立志とか、同情とか、高行とかいう事がなくなり、虫介同様一汎に平凡の者ばかりとなるから、人々ことごとく『楼炭経』にいわゆる自分|天禀《てんぴん》の福力ない以上は、天変地異その他疾病を始め一切自然に打ち勝ちて、社会をも人間をも持続する見込みが立つまい。さればこそ経文にも自然の米とか、光りで飯を煮る珠とか、七日続けて交歓するの、四辻に赤子を置かば往来の人が指から乳を含ませくれるの、糞小便は大地、死人は鳥が始末してくれるのと、現世界にまるでない設備を条件として、さて
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