八歳ちゅう高齢のはずだが、去年十一月、三十九年めでそこを過ぐると、かの茶屋の家も絶え果て、その犬の成り行きを語る者もなかった。『大英百科全書』十一版一六巻九七六頁に、犬は十六より十八歳まで生き得るが、三十四歳まで長命の例も記されたと見ゆ。一九一五年版、ガスターの『ルマニアの鳥獣譚』三三七頁に記す処に拠ると、ルマニア人は犬の定命《じょうみょう》を二十歳と見立てたらしい。その話にいわく、上帝世界を造った時、一切の生物を召集してその寿命と暮し方を定めた。一番に人を召し、汝人間は世界の王で、両足で直立し上天を眺めよ、予汝に貴き容状を賦与し、考慮と判断の力、それからもっとも深き考えを表出すべき言語の働きをも授くる。地上に活き動く物は空飛ぶ鳥から土を這《は》う虫までも汝に支配され、樹や土に生ずる諸果ことごとく汝の所用たるべく、汝の命は三十歳と宣《のたも》うた。人間これを承って懌《よろこ》ばず、いくら面白く威勢よく暮したってただ三十年では詰まらないやと呟《つぶや》いた。次に上帝|驢《ろ》を招き、汝は苦労せにゃならぬ、すなわち、常に重荷を負い運び、不断|笞《むち》うたれ叱られ、休息は些《ちと》の間で薊
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