や、牛、鷹同様、主として丸字を附けたらしい。また、銀鴨一羽取りて(兼ねて鳥屋《とや》内に置く)参進して葉柯《ようか》に附くとあり。これは銀製の鴨を余興に進《まい》らせたと見ゆ。上に述べた金作りの鶏や、銀作りの猫も、かかる動物共進会の節用いられた事もあろう。それを倉科長者の伝説などに田舎人は宝競べに郡へ登るなど言ったであろう。『男色大鑑』八の二に、峰の小ざらしてふ芝居若衆、しゃむの鶏を集めて会を始めける、八尺四方に方屋を定め、これにも行司あって、この勝負を正しけるに、よき見物ものなり。左右に双《なら》びし大鶏の名をきくに、鉄石丸、火花丸、川ばた韋駝天《いだてん》、しゃまのねじ助、八重のしゃつら、磯松大風、伏見のりこん、中の島無類、前の鬼丸、後の鬼丸(これは大和の前鬼後鬼より採った名か)、天満《てんま》の力蔵、今日の命知らず、今宮の早鐘、脇見ずの山桜、夢の黒船、髭の樊※[#「口+會」、第3水準1−15−25]《はんかい》、神鳴《なるかみ》の孫助、さざ波|金碇《かねいかり》、くれないの竜田、今不二の山、京の地車、平野の岸崩し、寺島のしだり柳、綿屋の喧嘩母衣《けんかぼろ》、座摩の前の首、白尾な
前へ 次へ
全150ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング