》男垂《おたる》という所まで来た時、三賊出でて竹槍で突き殺し、宝を奪い去った。その宝の中に黄金の鶏が一つ落ちて、川に流れて男垂の滝壺に入った。今も元旦にその鶏がここで時を作るという。長者の妻、その後《のち》跡を尋ね来てこの有様を見、悲憤の余りに「粟稗たたれ」と詛《のろ》うた。そのために後日、向山という所大いに崩れ、住民|困《くるし》んで祠《ほこら》を建て神に祀《まつ》ったが、今も倉科様てふ祠ある(『郷土研究』四巻九号五五六頁、林六郎氏報)。阿波の国那賀郡桑野村の富人某方へ六部来て一夜の宿をとった。主人その黄金の鶏と、一寸四方の箱に収まる蚊帳《かや》を持ちいると聞き、翌朝早く出掛けた六部の跡をつけ、濁りが淵で斬り殺した。鶏は飛び去ったが蚊帳は手に入った。その六部の血で今も淵の水赤く濁る。その家今もむした餅を搗《つ》かず、搗けば必ず餅に血が雑《まじ》るのでひき餅を搗く。蚊帳は現存す(同上一巻二号一一七頁、吉川泰人氏報)。
『甲子夜話』続一三に、ある人曰く、大槻玄沢《おおつきげんたく》が語りしは、奥州栗原郡三の戸畑村の中に鶏坂というあり。ここより、前《さき》の頃純金の鶏を掘り出だしける事あり
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