母、音は父に似る故|烏鶏《うけい》と名づくと聞いた。貴僧も姿は沙門、語は在家の語なるに付けて、かの烏鶏が思い出さると、やり込められて、善法比丘無言で立ち去ったとある。すべて昔は筆紙乏しく伝習に記憶を専らとした故、かく少しずつ話が変っていったものだ。烏が鶏に生ませた烏鶏とは、烏骨鶏《うこっけい》だ。色が黒い故かかる説を称えたので、その頃インドに少なかったと見える。ただし烏骨鶏に白いのもあって、大鬼が小鬼群を引きて心腹病を流行《はや》らせに行く末後の一小鬼を、夏侯弘《かこうこう》が捉え、問うてその目的を知り、治方を尋ねると、白い烏骨鶏を殺して心《しん》に当てよと教う。弘これを用いて十に八、九を癒した由(『本草綱目』四八)。
 十六世紀に出たストラパロラの『面白き夜の物語』(ピャツェヴォリ・ノッチ)十三夜二譚は余未見の書、ソツジニが十五世紀に筆した物より採るという。人あり、百姓より閹鶏《えんけい》数羽を買い、ある法師、その価を払うはずとて伴れて行く。既に法師の所に至り、その人法師に囁《ささや》き、この田舎者は貴僧に懺悔を聴いてもらうため来たと語り、さて、大声で上人即刻対面さるるぞと言うて出で
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