ゃとおっしゃりますな、アニャニャニャンノニャン」と謡い踊るというごとく、晋時支那では、鶏を三年、犬を六載以上飼わず、白い犬鶏は必ず食わぬものでこれを食えば冥罰《みょうばつ》を受くると信じたのだ。今も白鶏は在家《ざいけ》に過ぎたものとし、寺社に専ら飼う所あり。讃岐《さぬき》琴平《ことひら》に多く畜《か》う(『郷土研究』二巻三号、三浦魯一氏報)、『古語拾遺』に、白鶏、白猪、白馬もて御歳《みとし》の神を祭ると見え、『塩尻』四に〈『地鏡』に曰く、名山に入るには必ずまず斎すること五十日、白犬を牽き白鶏を抱き云々〉。ゴムの『歴史科学としての民俗学』三十一頁に、インドのカッボア人は、白鶏を牲《にえ》して隠財を求むといい、コラン・ド・ブランシーの『遺宝霊像評彙』一巻六四頁には、天主教徒白鶏をクリストフ尊者に捧げて、指端の痛みを癒《いや》しもらう。他の色の鶏を捧ぐればますます痛むと見ゆ。熊野地方では天狗が時に白鶏に化け現わるという。支那湖南の衡州府華光寺に、昔禅師あって白鶏を養う。経を誦《じゅ》するごとに座に登って聴く。死して寺側に埋めし上に白蓮花を生じ、花謝して泉水涌き出づ。白鶏泉と名づく(『大清一統
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