ち目開く、その歌は「には鳥のなくねを神の聞きながら心強くも日を見せぬかな」とある。
 耶蘇教国にもややこの類の話がスペインにある。昔青年あり老父母とサンチアゴ・デ・コンポステラへ巡礼に出た。サンチアゴ(英語でセント・ジェームス、仏語でサン・ジャク)大尊者はキリストの大弟子中、ペテロに亜《つ》いだ勢力あり。その弟、ジョアンとともにキリストの雷子と呼ばる。後《のち》殉教に臨みこれを訴えし者、その為人《ひととなり》に感動され、たちまちわれもまたキリスト教徒なりと自白し、伴い行きて刑に就く。途上尊者に向い罪を謝し、共に斬首された。この尊者かつてスペインに宣教したてふ旧伝あって、八三五年にイリアの僧正テオドミル、奇態な星に導かれてその遺体を見出してより、そこをカンポ・ステラ(星の原)、それが転じてコンポステラと呼ばれたという。コンポステラの伽藍《がらん》に尊者の屍を安置し霊験灼然とあって、中世諸国より巡礼日夜至って、押すな突くなの賑《にぎわ》い劇《はげ》しく、欧州第一の参詣場たり。因ってスペイン人は今も銀河《あまのがわ》をエル・カミノ・デ・サンチアゴ(サンチアゴ道)と呼ぶ。これ『塩尻』巻四六に、
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