33]※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]《しょうよう》するところを、壮漢数輩|拉《らっ》して沖の小島へ伴れ行き輪姦せしを本人も一族も慙《は》じて、大亀の背に乗せて島へ運ばれたと浦島子伝の翻案を言い触らしていた。古アッカジア人既に婬鬼を攘《はら》う呪法を備え(一八七四年パリ板ルノルマン著『カルジアおよびアッカジア魔法篇』三六頁)、一八一七年板マーチンの『トンガ島人記』二巻一一九頁には、ホトア・ポウてふ邪神好んで悪戯して人を苦しむ。ハモア島民はこの神しばしば睡中婦女を犯し、ために孕まさるる者多し。けだし不貞を掩うによき口実だと記す。以て婬鬼の迷信がいかに古く、またいかな小島までも行われたるを知るに足る。南インドでは難産や経行中死んだ女はチュデル鬼となり、前は嬋娟《せんけん》たる美女と見ゆれど、後は凄愴《せいそう》たる骸骨で両肩なし、たまたま人に逢わば乞いてその家に伴れ行き、夜の友となりて六月内に彼を衰死せしむと信ず(エントホウエンの『グジャラット民俗記』一〇七および一五二頁)、かく諸方に多い婬鬼の中でアスモデウス最も著《あら》わる。あるいはいう最初の女エヴァを誘惑した蛇、すなわちこの鬼だと。ウィエルス説に、この鬼、地獄で強勢の王たり。牛と人と山羊に類せる頭三つあり。蛇の尾、鵞の足を具え、焔《ほのお》の息を吐き竜に乗りて左右手に旗と矛《ほこ》を持つと(コラン・ド・ブランシー『妖怪辞彙』五板四六頁)、アラビアの古伝にいう、ソロモン王、アスモデウスの印環を奪いこれを囚《とら》う。一日ソロモン秘事をアに問うに、わが鎖を寛《ゆる》くし印環を還さば答うべしというた。ソロモン王その通りせしに、アたちまち王を嚥《の》み、他に一足を駐《と》めて両翅を天まで伸ばし、四百里外に王を吐き飛ばすを知る者なかった。かくてこの鬼、王に化けてその位に居る。ソロモン落魄《らくはく》して、乞食し「説法者たるわれはかつてエルサレムでイスラエルに王たりき」と言い続く、たまたま会議中の師父輩が聞き付けて、阿房《あほ》の言う事は時々変るに、この乞食は同じ事のみ言うから意味ありげだとあって、内臣にこの頃王しばしば汝を見るやと問うと、否《いな》と答えた。由って諸妃を訪うて、その房へ王来る事ありやと尋ねると、ありと答えた。そこで諸妃に注意して、王の足はどんな形かと問うた。けだし鬼の足は鶏の足のようだからだ。諸妃答えたは、王は不断|半履《はんぐつ》を穿《は》きて足を見せず、法に禁ぜられ居る時刻に、強いてわれわれを婬し、また母后バトシェバを犯さんとして、従わぬを怒り、ほとんど片裂せんとしたと。諸師父、さては妖怪に極《きま》ったと急いで相集まり、印環と強勢の符※[#「竹かんむり/(金+碌のつくり)」、第3水準1−89−79]《ふろく》を鐫《え》り付けた鎖を、乞食体の真王に渡し、導いて宮に入ると、今まで王位に座しいたアスモデウス大いに叫んで逃れ去り、ソロモン王位に復したと。ヘブリウの異伝には、アスモデウス身を隠してソロモン王の妃に通ぜしに、王その床辺に灰を撒布し、旦《あした》に鶏足ごとき跡を印せるを見て、鬼王の所為《しょい》を認めたりという。この鬼の足、鵞足に似たりとも、鶏足に似たりともいう。
ドイツの俚説に灰上に家鴨《あひる》や鵞の足形を印すれば、罔両《もうりょう》ありと知るという(タイラー『原始人文篇』二板、二巻一九八頁)。東西洋ともに鬼の指を鳥の足のごとく画くは、過去地質期に人間の先祖が巨大異態の爬虫類と同時に生存して、甚《いた》く怪しみ、怖れた遺風であろう。知人故ウィリヤム・フォーセル・カービー氏の『エストニアの勇士篇』にも諸国|蛟竜《こうりゅう》の誕《はなし》は右様の爬虫類、遠い昔に全滅したものより転訛《てんか》しただろうと言われた。実際鳥と爬虫とその足跡分別しがたいもの多く、『五雑俎』九の画竜三停九似の説にも、爪鷹に似るとあり。『山海経《せんがいきょう》』の図などに見るごとく、竜と鬼とは至って近いもの故、鬼の足、また手を鳥足ごとく想像したと見える。灰を撒いて鬼の足跡を検出する事は、拙文「幽霊に足なしという事」について見られよ。
鶏の霊験譚は随分あるがただ二、三を挙げよう。『諸社一覧』八に『太神宮神異記』を引いて、豊太閤の時朝鮮人来朝せしに、食用のためとて太神宮にいくらもある鶏を取り寄せ籠《かご》に入れてあまた上せけるに、ほどなく皆返さる。これは朝鮮人の食物に毛をむしりたる鳥、俎《まないた》の上にて生きて起《た》ち上り時を作りけるに因ると。また『三国伝説』を引いて、三島の社に目《め》潰《つぶ》れたる鶏あり。いつも暗ければ時ならず時を作り、朝夕を弁《わきま》えず。風霜に苦しみ、食に乏しく、痩《や》せ衰うるを愍《あわれ》み、ある修行者短冊を書き、鳥の頸に付くるに、たちま
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