》に開封すると、茶の十徳という事あり、何々を指すか名目を聞かせくだされたいとの文言に大いに周章し、種々|血眼《ちまなこ》で探ったが見えず、『沙石集』等に茶の徳を数えた所はあれど十の数に足らず、何か世間にない書物の名を拵《こしら》えて啌《うそ》でも書いてやろうかと思うたが、いずれ先方も十分支度して掛かったはずと惟えばそうもならず。親の仇同前に心掛けて配慮する内、やっと近頃西鶴の『日本永代蔵《にっぽんえいたいぐら》』巻四の四章に「茶の十徳も一度に皆」てふ題目を立てたを見出した。その話は敦賀港の町|外《はず》れで、荷《にな》い茶屋を営業する小橋の利助といえる者、朝茶を売りて大問屋となり、出精するうち悪心起り、越中、越後に若い者を派遣し、人々の呑み棄てる茶殻を京の染屋に入れるとて買い集め、それを飲み茶に雑《まじ》えて人知れず売り、大利を得たが、天の咎《とが》めを免れず、乱心して自分の奸曲を国中に触れ廻り、死後その屍を天火に焼かれ、跡は化物屋敷になったという事で、譚中に茶の十徳の事は一つも見えぬ。惟うに茶人の著《き》る十徳という物あるに因って、茶を植うれば他の作物に十倍増して利益ある由を、この書の出来た貞享五年頃、またはその前に世に言い囃《はや》し、当時諺となって人口に膾炙《かいしゃ》したものであるまいか。故にこの茶の十徳というは鶏や猫の五徳と事異なり、十倍の利得るといったまでの事で、この徳あの徳と一々名目を列ねたものでなかろうと土宜師へ答え置いたが、どうも自分ながら胡麻《ごま》の匂いがする。識者の高教を仰ぐ。
 右に引いた『韓詩外伝』の文で分る通り、鶏の五徳は雄鶏に限った事で、牝鶏に至っては古来支那で面白からぬ噂あり。牝鶏の晨《しん》するを女が威強くなる兆《きざし》として太《いた》く忌んだが、近頃かの邦《くに》の女権なかなか盛んな様子故、牝鶏が時作っても怪しまれぬだろう。英国でも女に制せらるる骨なし男をヘン・ベックト、牝鶏に啄《つつ》かるるという。グベルナチスいわく、イタリア、ドイツおよびロシアに広く信ぜらるるは牝鶏が牡鶏同然に鳴く時は大凶兆たり。これを聞いた者自分の死を欲せずんば即座にこれを殺すべしと。ペルシャでは牡鶏よく悪鬼を殺すとて墓所にこれを放ち飼いにす。ただし牝鶏の晨するを忌む。論士サッダーこれを駁して牝鶏の晨するものは牡鶏同様魔を殺すの功あろうから殺すべからずと
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