にメズサのみ殺せと教う。それよりペルセウス灰色髪女を訪い、そのただ一つある歯と眼を奪い、迫って三醜女怪方への道を聞き取り、また翅《つばさ》ある草履と、魔法袋と冥界王ハデースの兜《かぶと》を得、これを冒《かぶ》ると自分全体が他人に見えなくなる。そこへヘルメス神が鎌状の鋭刀をくれに来た。これらの道具で身を固めて大洋浜に飛び行くと、女怪ども睡りいた。女性に立ち向うて睨まると石になるから大いに困る所へ、アテナ女神現われ、その楯《たて》の鏡に映った女怪の影を顧み見ると同時に、女神の手でペルセウスの刀持った手を持ち添え、見事にメズサを刎《くびは》ねた。死んだ首を見ても石になるから、一切見ずに魔法袋へ投げ込み、翅ある草履で飛び還るを、残る二女怪追えどもいかでか及ばん。メズサの首はアテナに渡り、その楯に嵌《は》め置かる。後アテナ、勇士ヘラクレスにメズサの前髪を与う。テゲアの地、敵に攻められた時、その王女ステロペ、ヘラクレスの訓《おしえ》により、自ら後ろ向いてメズサの前髪を敵に向って城壁上に三度さし上げると、敵極めて怖れ、ことごとく潰走したという。前髪さえかくのごとくだから、よほど怖ろしい顔と見える。かくてギリシア人は醜女怪の首を甲冑の前立てとし、楯や胸当てに附け、また門壁の飾りとし、魔除けとしゴルゴネイオン(ゴルゴン頭)と称えた。惟うにバシリスク自影に殺さるる話に、この醜女怪説より融通された部分が多かろう。バシリスクの古い図は只今ちょっと間に合わぬ故、ここに現時バシリスクで学者間に通りいる爬虫の図を出す(第一図)。これは伝説のバシリスクと全く別物で無害の大蜥蜴、長さ三フィートに達し、その色緑と褐で黝《くろ》き横条あり。背と尾に長き鰭《ひれ》あり。雄は頭に赤い冠を戴く。冠も鰭も随意に起伏す。その状畏るべく、その色彩甚だ美し、樹上に棲んで植物のみ食う。驚けば水に入りて能く泳ぐ、メキシコとガチマラ西岸熱地の河岸に多し。その形、よく伝説のバシリスクに似る故、セバ始めてこれを記載し、バシリスク、また飛竜と名づけた。けだしこの人その起伏する長鰭を以て飛び翔《か》ける事、世に伝うるバシリスク、また竜のごとくだろうと察したのだ。バシリスクはギリシア語バシレウス(王)より出た名で、冠を戴いた体がいかにも爬虫類の王者を想わせる(スミスの『希羅人伝神誌字彙』。サイツフェルトの『古典字彙』。『大英百科全書
前へ 次へ
全75ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング