と井守を取り違えおれど、全く唐土の伝説を詠んだものだ。
さて、『回教伝説』にノルテオクが指させば人を殺し得るその指で自分を指さして死んだというのが、バシリスク自分の影に殺さる譚に酷似する。も一つこれに似たのは、古ギリシアのメズサの話で、そもそも醜女怪ステノ、エウリアレ、メズサの三姉妹をゴルゴネスと併称す。可怖《おそるべし》、また高吼の義という。翼生えた若い極醜女で、髪も帯も、蛇で、顔円く、鼻|扁《ひら》たく、出歯大きく、頭を揚げ、舌を垂れ振るう。あるいはいう、金の翼、真鍮の爪、猪の牙ありと。余り怖ろしい顔故これを見る人即座に石となる。西大洋の最も遠き浜で、夜の国に近い所に住むとも、リヴィアすなわち北アフリカに居るともいわれた。一説にメズサもと美麗な室女だったが、海神ポセイドンとアテナ女神の堂内で婬し、涜《けが》した罰でその髪を蛇にされたと、ゴルゴネス三姉妹の同胞になおグライアイ(灰色髪女)三姉妹あり、髪が灰色になった老女で、ただ一つの歯とただ一つの眼を共有し、用ある時は相互譲り使うた。この三姉妹リビアの極端、日も月も見えぬ地に棲み、常にゴルゴネス三姉妹を護った。初めアルゴスの勇士ペルセウス、その母ダナエの腹にあった時、神告げたは、この子生まるれば必ずその母の父アクリシウスを殺さんと、アクリシウスすなわち母子を木箱に納《い》れ、海に投げたが、セリフス島に漂到して、漁師ジクッスの網に罹《かか》り、救われ、懇《ねんごろ》に養わる。ジクッスの弟ポリデクテス、この島の王たり。ダナエを一度瞥見してより、花の色はここにこそあれ、願わくは鄒子《すうし》が律を吹いて、幽谷陽春を発せんと、雨夜風日熱心やまず、しかるにどうもダナエを靡《なび》けるにはその子が邪魔になるから、宴席でペルセウスを激して、王のためには何なりともすべし、怖るべき女怪メズサの首でも取り来るを辞せずと誓わしめたので、ペルセウスいよいよこの冒験事業を成し遂げんと出立したとあって、この時ペルセウスは既に小児でなく、立派な青年勇士となり居る。さように久しい間王がダナエを口説き廻ったとも思われず。惟うに『八犬伝』の犬江親兵衛同様の神護で、ペルセウスは一足飛びに大きく成長したでがなあろう。女神アテナ、かつてメズサがかく醜くならぬ内、己れと艶容を争いし事あるに快からず、因ってメズサの像をペルセウスに示し、その姉妹を打ちやり、単
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