食わしめてよし、またカヤの実を食すれば甚だ験《げん》あり、猴舞わしの家常に用ゆ、甚だ蟹の殻|并《なら》びに手の螫《はさみ》を嫌うなりとあるなど経験に拠ったのであろう。ボールの『印度藪榛生活』にインドの海辺で猴好んで蟹を採り食う由載せ、ビルマのシノモルグスは蟹を専食する猴だ。熊野の勝浦などで、以前は猴が磯に群集し蟹を採り食うに石でその殻を打ち破った。しばしば螫で鉗《はさ》まれ叫喚の声耳に喧《かまびす》しかったと古老から聞いた。しかるに予幼時|直《すぐ》隣りの家にお徳という牝猴あり。紙に蟹を包み与えると饅頭《まんじゅう》と思い戴《いただ》き、開き食わんとして蟹出づるに仰天し騒ぎ逃げ廻る事夥し。その後誰が紙包みの饅頭を遣わしても必ず耳に近づけ、蟹の足音せぬか聞き定めた後初めて開いた。『醒睡笑《せいすいしょう》』に、海辺の者山家に聟を持ち、蛸《たこ》と辛螺《にし》と蛤《はまぐり》を贈りしを、山賤《やまがつ》輩何物と知らず村僧に問うと、竜王の陽物、鬼の拳、手頃の礫じゃと教えたとある通り、件《くだん》の牝猴幼くて捕われ蟹を見た事なき故怖れたのだ。現に予の家に飼う牝鶏は、始め蚯蚓《みみず》を与うるも
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