涜《じとく》するを好むと。佐々木繁君説に、山神、海神と各その持ち物の多きに誇る時、山神たちまち(オウチ?)にセンダン、ヤマンガと数え、相手のひるむを見て得意中、海神突然オクゼと呼びたるにより山神負けたとあるを見て、この話の海内《かいだい》に広く行き渡れるを知った。十分判らぬがオクゼは置くぞえで、海神いざこれから自分の持ち物を算盤に置くぞえと言いしを、山神オコゼ魚が自分の本名を知られたと合点して、敗亡したらしい。諸国に神も人も自分の本名を秘した例多い(『郷土研究』一巻七号)。いわゆる山祭りは陰暦十一月初めの申の日行う。けだしこの山神は専ら森林を司り、その祭日には自分の顔色と名に因んで、赤木に猿たに猿滑りと、一種の木を三様に懸値《かけね》して国勢調査すと伝えたのだ。
牡猴が一たび自涜を知れば不断これを行い衰死に及ぶは多く人の知るところで、一八八六年板ドシャンプルの『医学百科辞彙』二編十四巻にも、犬や熊もすれど、猴殊に自涜する例多しと記し、医書にしばしば動物園の猴類の部を童男女に観するを戒めある。予壮時諸方のサーカスに随い行きし時、黒人などがほめき盛りの牝牡猴に種々|猥《みだ》りな事をして
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