侍りて、和歌を奉る、小序に曰く、掛麻久毛畏幾大神《かけまくもかしこきおおかみ》、怜礼登毛《あわれとも》、愛美幸賜天牟《めぐみさきわいたまいてん》〉とある由。これは衢《ちまた》の神たる猿田彦大神を青面金剛すなわち三猿の親方と同体と心得、道家のいわゆる三尸が天に登って人の罪悪を告ぐるを防がんため、庚申の夜を守って長寿を保たん事をかの大神に祈るの意を述べたと見える。したがって猿田彦と庚申と同一神とは平安朝既に信ぜられいたのだ。さて、『贅弁』に神徳高き大神を如何ぞ禽獣とすべけんやと詈ったが、『玉鉾百首《たまぼこひゃくしゅ》』に「いやしけど、いかつちこたま狐虎、たつの類ひも神の片はし」と詠《よ》んだごとく、上世物をも人をも不思議なものを片端から神としたのは万国の通義で、既に以て秦大津父《はたのおおつち》は山で二狼の闘うを見、馬より下って口手を洗い浄め、汝これ貴き神にして、麁行を楽しむ、もし猟師に逢わば禽《とりこ》にされん、速やかに相闘うをやめよと祈って、毛に付いた血を拭《ぬぐ》いやり放ったという(『書紀』一九)。この人は殷の伝説同様夢の告げで欽明天皇に抜擢せられ、その財政を司って大いに饒富《じょ
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