だかつて木を挽《ひ》き水を汲むなどその開進に必要な何らの役目を務めず、ただ時々飼われて娯楽の具に備わるのみ、それすら本性不実で悪戯を好み、しばしば人に咬み付く故十分愛翫するに勝《た》えずとは争われぬが、パーキンスが述べたごとく、飼い主の糊口《ここう》のために舞い踊りその留守中に煮焚きの世話をし、ウィルキンソンが言った通り人に事《つか》えて種々有用な役を勤むる猴もなきにあらず。したがって十七世紀に仏人バーボーが西アフリカのシエラ・レオナで目撃した大猴バリの幼児を土人が捕え、まず直立して歩むよう教え、追い追い穀を舂《つ》く事と、瓢に水を汲んで頭に載せ運び、また串《くし》を廻して肉を炙《あぶ》る事を教えたというも事実であろう(一七四五年板、アストレイの『新編航記紀行全集』二巻三一四頁)。この猴甚だ牡蠣《かき》を好み、引き潮に磯に趨《おもむ》き、牡蠣が炎天に爆《さら》されて殻を開いた口へ小石を打ち込み肉を取り食う。たまたま小石が滑《すべ》り外《そ》れて猴手を介《かい》に挟《はさ》まれ大躁《おおさわ》ぎのところを黒人に捕え食わる。欧人もこれを食って美味といったが、バーボーは食う気がせなんだという。前にも述べた通り猴は形体表情人を去る事間髪を容《い》れず、したがってこれを殺しこれを食うは人情に反《そむ》くの感あり。楚人猴を烹《に》るあり、その隣人を召すに以て狗羹《こうこう》と為《な》してこれを甘《うま》しとす。後その猴たりしと聞き皆地に拠ってこれを吐き、ことごとくその食を瀉《しゃ》す、こはまだ始めより味を知らざるものなり(『淮南鴻烈解』修務訓)。近年死んだヘッケルがエナ大学の蔵中になき猴種一疋を打ち取った時、英人ミラー大佐、たとい科学のためなりともその罪人を謀殺せるに当ると言うた(一九〇六年板コンウェイの『東方諸賢巡礼記』三一七頁)。コンウェイがビナレスの猴堂に詣《もう》で多くの猴を供養したところに猴どもややもすれば自重して人間を軽んずる気質あるよう記した。これ猴の豪《えら》い点また人からいえば欠点で、心底から人に帰服せぬもの故、ややもすれば不誠実の行い多く、犬馬ほど人間社会の開進に必要な役目を勤めなんだのだ。『大集経』に〈慧炬《えこ》菩薩猴の身を現ず〉、インドでも猴に炬を持たせたものか。
 右述西アフリカのバーボー猴に似た記事が『古事記』にあって「かれ、その※[#「けものへん
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