びは》ね、その肉で苅入れ祝いの馳走をする。また肉の一片を※[#「酉+奄」、第3水準1−92−87]《しおづけ》して次年の苅入れ時まで保存し、その節他の一羊を殺して前年の※[#「酉+奄」、第3水準1−92−87]肉を食うた跡へ入れ替える(フレザーの『金椏篇《ゴルズン・バウ》』一板二巻三章)。これらいずれも穀精山羊形で現わると信じた遺俗で、所により穀精と見立てた獣を春になって殺し、その血や骨を穀種と混じて豊穣を祈るあり、穀を連枷《からさお》で※[#「てへん+二点しんにょうの過」、第3水準1−84−93]《はた》いてしまうまで穀精納屋に匿れいるとか、仲冬百姓が新年の農事に取り掛からんと思う際、穀精再び現わるとか、山羊と猪の差こそあれ、わが邦の玄猪神に髣髴《ほうふつ》たる穀精の信念が今も欧州に存しいるので、かかる獣形の穀精が進んでデメテルごとき人形の農神となった事、狐は老翁形の稲荷大明神となったに同じ。
[#地から2字上げ](大正八年一月、『太陽』二五ノ一)
底本:「十二支考(下)」岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「南方熊楠全集 第一・二巻
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