、宝とすべき物にはあらずと出《い》づ。『物異志』曰く、〈漢の文の時、呉に馬あり角を生ず、右角三寸左角二寸〉。これらを対照して、馬の角はややもすれば左右不等長だと知る。今も稀にあると見えて、数年前ドイツ辺に、馬角を生じた記事を、『ネーチュール』で読んだがその詳細を知らぬ。英語でホールンド・ホールス(角馬)と呼ぶは、またニュウともいい、羚羊の一属で二種あり、南阿と東阿に産したが、一種は多分|既《はや》絶えたであろう。牛と馬と羚羊を混じた姿で、尾と※[#「髟/宗」、第4水準2−93−22]《たてがみ》は殊に馬に近い。手負《てお》うた角馬に近づくはすこぶる危険な由、一九一四年版パッターソンの『ゼ・マン・イータース・オヴ・ツァヴォ』に述べある。
 それから古ローマのネロ帝は荒淫傑出だったが、かつて揃《そろ》いも揃って半男女《ふたなり》の馬ばかり選《え》り集めてその車を牽かしめ、異観に誇った(プリニウスの『博物志《ヒストリア・ナチュラリス》』十一巻百九章)。以前ローマ人は、半男女を不祥とし、生まれ次第海に投げ込んだが、後西暦一世紀には、半男女を、尤物《ゆうぶつ》の頂上として求め愛した。男女両相の最
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