『著作堂一夕話』に出た富士の残雪、宝永山辺|凹《くぼ》かな処に人形を成す年は豊年で、見えぬ年は凶作、これを農男と名づくとあるに似居る。『郷土研究』同巻九号で見ると、陸中と秋田境の駒形山も毎年雪解け時に、その八合目ほどの処に白馬踊る体を現ず。昔神がここへ乗り捨てた馬が故郷を恋うて顧み嘶くのだそうで、その姿を見て農家が農事を候《うかが》う。これらと相似れど、京都東山の大文字火同然人造に係る壮観が英国にある。そのバーク州の白馬《ホワイト・ホールス》というは、絶頂の高さ海抜八五六フィートある白馬山の北側|巓《いただき》より少し下に塹《ほ》り付けた長三七四フィート、深さおよそ二フィートの巨馬像で、面積二エーカーほどあり。『北※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]瑣談』二に東山に七月十六日の夜立つる大文字の火唐土にもなしと孔雀先生も書き置かれたり、横の一画二十九丈、左の画四十九丈二尺、右の画四十七丈七尺八寸、余も如意嶽《にょいがたけ》に上り、その穴を見しが広大なる物なりとあれば、日本の方が勝ちらしい。件《くだん》の馬像は、輪廓もっとも麁末《そまつ》ながら、表土を去って白堊を露わす故、下の谷から
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