)。
かく、土|能《よ》く諸物の精力を摂《と》り去り、霊異の品時に自ら地下へ逃げ去らんとすてふ信念より、駿馬の駒また地へ生み落さるればその力を減ずとしたのだ。パルグレーヴの『中央および東部アラビア紀行』十章に、アラブ人が駒産まるるところを受け抱いて地に落さざらしむとか、主人と同席で飲食するとか、人馬|親昵《しんじつ》する奇譚どもを片端から皆嘘のように貶《けな》したが、それは今日来朝の外人が吉野高尾ほどな文才ある遊君《ゆうくん》に会わず、人に大便を拭《ふ》かす貴族の大人をも見ぬからとて、昔もそんなものは全く日本になかったと即断すると同然、今に則《のっと》って古を疑う僻見《へきけん》じゃ。一八六四年版、ピエロッチの『パレスタイン風俗口碑記』に、アラブ人が馬を愛重する有様などを尤《いと》面白く書いた。とても拙毫《せつごう》の企て及ぶところでないが、その概略を左に訳出しよう。
アラブ人は諸畜の中のもっとも馬を貴び、患難にあっても栄華にあっても最も人に信あるものとす。その蕃殖《はんしょく》にもっとも注意を尽くせど、各部族その種馬を惜しみ、他部族の牝馬と交わらざらしむる故、馬種の改善著しく挙が
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