木花さく」と俊頼《としより》は詠んだ(『塵添※[#「土へん+蓋」、第3水準1−15−65]嚢抄《じんてんあいのうしょう》』九、『夫木集抄』三)。紀州で、その葉の煎汁で蘿蔔《だいこん》の害虫を除く。これと同じくアンドロメヤ属に隷《つ》く、小木ラタンカットは北インドに産し、その若葉と種子は牛や羊を毒すといえば、日本の馬酔木もしっかり研究せば、敵の軍馬を鏖殺《おうさつ》すべき薬科を見出すかも知れぬ。その時や例の錦城館のお富の身請《みうけ》をソーレターノーム。
ミッチェル教授説に、馬や驢や花驢《しまうま》は十五|乃至《ないし》三十歳生活するが、往々五十に達する確かな例あるがごとしと。スコッファーン説に、スコットランドの古諺《こげん》に、犬の命三つ合せて馬の命、それを三つ合せて人の命、それから鹿、鷲、槲樹《かしわ》と、三倍ずつで進み増すとあるそうで、馬と鹿の間に人があるも面白い。
プリニウスの『博物志《ヒストリア・ナチュラリス》』巻八章六六にいわく、馬は十一月孕み、十二月に産む(『淵鑑類函』に『春秋考異郵』を引いて、〈月精馬と為り、月数十二、故に馬十二月にして生む〉というは、東西月の算えようが差《ちが》うのだ)。春分を以て交わる、牝《め》牡《お》とも二歳で能《よ》く交われど、二歳以上で交わる方強い駒を産む、牡は三十三歳まで生殖力あり、かつて四十まで種馬役を勤めた馬あったが、老いては人に助けられて前体を起した。けだし馬ほど生殖力の限られた動物|罕《まれ》なり、故に時を定めてのみ遊牝せしむ云々。熊楠いわく、米国インジアンまたこの類で、他の諸民族に比し、交会の数甚だ少なしとしばしば聞く。プリニウスいわく、馬は年に十五度も遊牝しあたわずと。熊楠いう、十五度は多過ぎる、前に春分を以て交わるといったでないか、日本でもその通りと見え、内田邦彦氏の『南総俚俗』に、世の始めに諸動物神前に集まり性交について聞く、神、誰は年に一期、彼は年に二期と定むると、皆|畏《かしこ》みて去った。次に馬神前に進む、神、汝は年にただ一期と言いもあえず馬怒りて神の面を蹴る、次に人、神前に出ると、神、馬に蹴られてうるさく思い、汝ら思うままに行えと言って奥に隠れた、爾来人間のみは、時を選ばず無定数に行うとある。
プまたいわく、牝馬は四十歳まで年々駒を産み得るも、※[#「髟/宗」、第4水準2−93−22]《たてがみ》を苅らば性慾|滅《き》ゆ。その子を産むに当っては直立す。新産の駒その生母を失えば同群中新たに産せし牝馬その世話をする(熊楠いわく、猫もこれと同じきはロメーンズも言い、予|親《みずか》ら幾度も見た)。駒生まれて三日間土に口を触るる能わず、悍の強いほど、水を飲むに鼻を深く浸す。シジア人は牡よりも牝馬を軍用した、そは能く尿しながら進行するからだと。またいわく、アゼンスに八十まで生きた騾あり、かつて堂を建つる時この老騾を免役したが、自ら進んでその工事を助けたから城民大いに悦び、議定してどの家の穀を食うとも追い払う事なからしめたと。『朝野僉載《ちょうやせんさい》』に、徳州刺史張訥之の馬、色白くて練《ねりぎぬ》のごとし、年八十に余りて極めて肥健に、脚|迅《はや》く確かだったとある。日本にも、源範頼《みなもとののりより》肥後の菊池の軍功を感じ、虎月毛を賜う、世々持ち伝え永禄年中まで存せり、その頃大友|義鎮《よししげ》、武威九州に冠たり、菊池これと婚を結び、累世の宝物を出し贈る、この馬その一に居る、義鎮受けて筑後の坂東寺村に置き、田を給し人を附けて養う、後|久留米秀包《くるめひでかね》、その辺を領し食田を増給せしに、文禄中五百歳で死す、郡民千余人葬いの行粧して、野に出で弔いし(『南海通記』二十一)、まずは馬中の神仙じゃ。
馬の話をするととかく女の事を憶い出す。女にも寿かつ美な者もありて、『左伝』に見えた鄭|穆公《ぼくこう》の女《むすめ》夏姫は陳太夫御叔が妻たり、六十余歳にして、晋の叔向に再嫁して子を生めり。『列女伝』に、〈夏姫内に技術を挟《さしはさ》む、けだし老いてまた壮《さか》んなる者なり、三たび王后となり、七たび夫人となり、公※[#「危」の「卩」に代えて「矢」、第4水準2−82−22]《こうこう》これを争い、迷惑失意せざるはなし、あるいはいわくおよそ九たび寡婦とならば、これに当る者すなわち死すと、左氏載するところ、これに当る者すでに八人〉と見えしごとく、数の夫に会いて百歳に及ぶまでなお非行を為《な》しける者なり、これ閨中に術あるに因ってなり。宇文士及が『粧台記』の序にも、〈春秋の初め、晋楚の諺あり、曰く夏姫道を得て鶏皮三たび少《わか》し〉と見えしも、老いて後鶏皮のごとく、肌膚の剛《こわ》くなるは常の習いなるに、夏姫は術を得て、三度まで若返りたるという事なり(『類聚名物考』一
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