ぎ帰り、いまだ数里ならずして風雨たちまち至る、大震数声なり〉。かかる怪に基づいて馬絆と名づけたらしい。『想山著聞奇集』に見えたわが邦の頽馬というは、特異の旋風が馬を襲い斃《たお》すので、その死馬の肛門開脱する事、河童に殺された人の後庭《しり》と同じという。それから『説文』に、〈蛟竜属なり、魚三千六百満つ、すなわち蛟これの長たり、魚を率いて飛び去る〉。『淮南子《えなんじ》』に、〈一淵に両蛟しからず〉、いずれも蛟を水族の長としたのだ。これらを合せ攷《かんが》うるに、わが邦のミヅチ(水の主)は、最初水辺の蛇能く人に化けるもので、支那の蛟同様人馬を殺害し、婦女を魅し婬する力あったが、後世一身に両役|叶《かな》わず、本体の蛇は隠居して池の主淵の主で静まり返り、ミヅチの名は忘らる。さてその分身たる河童小僧が、ミヅシ、メドチ、シンツチ等の号《な》を保続して肛門を覘《うかご》うたり、町婦を姙ませたり、荷馬を弱らせたりし居ると判る。もし本土の何処《どこ》かに多少有害な水蛇が実在するかしたかの証左が挙がらば、いわゆる河童譚はもと水蛇に根拠した本邦固有のもので、支那の蛟の話と多く相似たるは偶然のみと確言し得
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