氷雪を集めて息を吹き掛けるとたちまち火となったと詠んだ詩人もある。尊者また太鼓を打ちてアイルランドから毒虫を駆り尽くすに余り力を入れ過ぎて太鼓中途で破れ、その挙また破れかかった時神使下ってこれを繕い目出たく悪虫を除き去り、爾来《じらい》永久この国の土に触れば蝮が即死する。この国の石や砂を他邦へ持ち行き毒虫を取り廻らせば虫その輪を脱け出で得ず皆死す。この国の木で圏《わ》を画くもまたしかり。一説に狼と鼬《いたち》と狐には利《き》かぬとあり。また一説にはこれら皆|空《うそ》で実は尊者の名パトリックをノールス人がパド・レクルと間違え蟾蜍《ひき》を(パダ)逐《お》い去る(レカ)と解した。蟾蜍を欧人は大変な毒物とするところから拡げて、すべての悪性動物を制禁して生ずるなからしめたというたんだそうな(チャンバース『日次事纂《ブック・オヴ・デイス》』二、『フォクロール』五巻四号)。アイスランドも蛇なきを以て聞えた。ボスエルの『ジョンソン伝』に、ジョンソンわれ能くデンマーク語でホレボウの『氷州《アイスランド》博物誌』の一章を暗誦《あんしょう》すと誇るので試《やら》せて見ると、「第五十二章蛇の事、全島に蛇な
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