だ奴の方へ躍り来た勇気のほど感じ入ったが、それをもまた打ち殺し、次に来るをも打ち殺し、かくて四、五疋殺したので蛙も続かず、こっちも飽きが出て何しに躍り来たか見定めなんだが、上述の蝮を殺した実験もあり、また昔無人島などで鳥獣を殺すとその侶《とも》の鳥獣が怕《おそ》れ竄《かく》れず、ただ怪しんで跡より跡より出で来て殺された例も多く読んだから攷《かんが》うると、いかなる心理作用よりかは知らぬが、同類殺さるを知りながら、その死処に近づく性《たち》の動物が少なからぬようで、蚯蚓などの下等なものは姑《しばら》く措《お》き、蝮、栗鼠ごときやや優等のもの多かった山中には、一疋殺せば数十も集まり来る事ありしを右のごとく大層に言い伝えたのかと想う。
 ただしかかる現象を実地について研究するに、細心の上に細心なる用意を要するは言うまでもないが、人の心を以て畜生の心を測るの易《やす》からぬは、荘子と恵子が馬を観《み》ての問答にもいえる通りで、正しく判断し中《あ》てるはすこぶる難い。たとえば一九〇二年に出たクロポートキン公の『互助論《ミューチュアル・エード》』に、脚を失いて行き能わぬ蟹を他の蟹が扶《たす》け伴れ
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