〈水※[#「兀+虫」、第4水準2−87−29]五百年化けて蛟と為り、蛟千年化けて竜と為る〉。※[#「兀+虫」、第4水準2−87−29]《き》とは『本草』に蝮の一種と見えるから、水※[#「兀+虫」、第4水準2−87−29]とは有害の水蛇を指したと見える。西土にも蛇が修役を積んで竜となる説なきにあらず。
 古欧州人は蛇が他の蛇を食えば竜と化《な》ると信じた(ハズリットの『|諸信および俚伝《フェース・エンド・フォークロール》』一)。ハクストハウセン説に、トランスカウカシア辺で伝えたは、蛇中にも貴族ありて人に見られずに二十五歳|経《ふ》れば竜となり、諸多の動物や人を紿《あざむ》き殺すためその頭を何にでも変じ得。さて六十年間人に見られず犯されずば、ユクハ(ペルシア名)となり全形をどんな人また畜にも変じ得と。天文元年の著なる『塵添※[#「土へん+蓋」、第3水準1−15−65]嚢抄《じんてんあいのうしょう》』八に、蛇が竜になるを論じ、ついでに蛇また鰻に化《な》るといい、『本草綱目』にも、水蛇が鱧《はも》という魚に化るとあるは形の似たるより謬《あやま》ったのだ。文禄五年筆『義残後覚《ぎざんこうかく》』四に、四国遍路の途上船頭が奇事を見せんという故蘆原にある空船に乗り見れば、六、七尺長き大蛇水中にて異様に旋《めぐ》る、半時ほど旋りて胴中|炮烙《ほうろく》の大きさに膨れまた舞う内に後先《あとさき》各二に裂けて四となり、また舞い続けて八となり、すなわち蛸《たこ》と化《な》りて沖に游ぎ去ったと見ゆ。例の『和漢三才図会』や『北越奇談』『甲子夜話』などにも蛇蛸に化る話あり。こんな話は西洋になけれど、一八九九年に出たコンスタンチンの『|熱帯の性質《ラ・ナチュール・トロピカル》』に、古ギリシアのアポロン神に殺された大蛇ピゾンが多足の竜ヒドラに化ったちゅうは、蛇が蛸になるを誇張したのであろうとあるは、日本の話を聞いて智慧附いたのかそれとも彼の手製か、いずれに致せ蛸と蛇とは似た物と見えるらしい。
 ただに形の似たばかりでなく、蛸類中、貝蛸オシメエ・トレモクトプス等諸属にあっては、雄の一足非常に長くなり、身を離れても活動し雌に接して子を孕ます。往時学者これを特種の虫と想い別に学名を附けた。その足切れ去った跡へは新しい足が生える。古ギリシア人は日本人と同じく蛸飢ゆれば自分の足を食うと信じたるを、プリニウス
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