図[#図省略])。竜蛇が如意《にょい》宝珠《ほうしゅ》を持つてふ仏説は、竜の条に述べた。インドのコンカン地方で現時如意珠というは、単に蛇の頭にある白石で、これを取ればその蛇死す。蛇に咬まれた時これをその創《きず》に当つれば、たちまち毒を吸って緑色となるを、乳汁に投ずれば毒を吐いて白色に復《かえ》り乳は緑染す。かように幾度も繰り返し用い得という。またいわく、老蛇体に長毛あるは、その頭に玉あり、その色虹を紿《あざむ》く、その蛇夜これを取り出し、道を照らして食を覓《もと》む。深い藪中に棲み人家に近づかず、神の下属《てした》なれば神蛇《デブア・サールバ》と名づく。サウシの『随得手録《コンモンプレース・ブック》』二に、衆蛇に咬まれぬよう皮に身を裹《つつ》み、蛇王に近づき撻《う》ち殺してその玉を獲たインド人の譚《はなし》あり。
 エストニアの俚談にいわく、ある若者奇術を好み、鳥語を解したが、一層進んで夜中の秘密を明らめんと方士に切願した。方士その思い止まるが宜《よろ》しかろうと諫《いさ》めたれど聞き入れぬから、そんならマルク尊者の縁日の夜が近付き居る、当夜蛇王が七年目ごとの例で、某処で蛇どもの集会を開くはず、その節蛇王の前に供うる天の山羊乳を盛った皿に麪麭《パン》一片を浸し、逃げ出す先に自分は口に入れ得たら、夜中の秘密を知り得ると教えた。やがて尊者の縁日すなわち四月二十五日が昏れると、件《くだん》の若者方士が示した広い沢へ往くと、多くの小山のほか何にも見えず、夜半に一小山より光がさした。これ蛇王の信号で、今まで多くの小山と現われて動かず伏しいた無数の蛇ども、皆その方へ進み行き、小山ついに団結して乾草|堆《たい》の大きさに積み累《かさ》なった。若者恐る恐る抜き足して近寄り見れば、数千の蛇が金冠を戴いた大蛇を囲み聚《あつ》まりいた。若者血|凝《かたま》り毛|竪《た》つまで怖ろしかったが、思い切って蛇群中に割り込むと、蛇ども怒り嘯《うそぶ》き、口を開いて咬まんとすれど、身々密に相《あい》纏《まと》うて動作自在ならず、かれこれ暇取る内に、若者蛇王の前の乳皿に麪麭《パン》を浸し、速やかに口に含んで馳《か》け出した。衆蛇|追躡《ついじょう》余りに急だったから、彼ついに絶え入った。旭の光身に当って、翌旦蘇り見れば、かの沢を距つる既に四、五マイル。早《はや》何の危険もないから、終日眠って心身を
前へ 次へ
全69ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング