その鏡の形に瑕生じたと。また『淡海録』曰く、昔|赤染衛門《あかぞめえもん》、若衆に化けてこの鐘を見に来り、鐘を撫《な》ぜた手が取り著《つ》いて離れず、強く引き離すと手の形に鐘取れた痕《あと》なり、また染殿后《そめどののきさき》ともいうと。『誌略』の著者は、享保頃の人だが、自ら睹《み》た所を記していわく、この鐘に大なる※[#「比+皮」、127−5]裂《ひびわれ》あり、十年ばかりも以前に、その裂目へ扇子入りたり、その後ようやくして、今は毫毛《ごうもう》も入らず、愈《い》えて※[#「比+皮」、127−7]裂なし、破鐘を護《まも》る野僧の言わく、小蛇来りて、夜ごとにこの瑕を舐むる故に愈えたりと、また笑うべし、赤銅の性、年経てその瑕愈え合う物なり、竜宮の小蛇、鐘を舐《ねぶ》りて瑕を愈やす妙あらば、如何ぞ瑕付かざるように謀《はか》らざるや、年経て赤銅の破目愈え合うという事、臣《それがし》冶工に聞けりと。予今年七十六歳の知人より聞くは、若い時三井寺で件《くだん》の鐘を見たるに※[#「比+皮」、127−11]裂筋あり、往昔弁慶、力試しにこれを提《さ》げて谷へ擲《な》げ下ろすと二つに裂けた、谷に下り推《
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