ず、本寺に帰せば声|故《もと》のごとし、士人磬神聖にして、光政寺を恋《した》うと語《うわさ》したとある。『続古事談』五に、経信大納言言われけるは、玄象という琵琶は、調べ得ぬ時あり、資通|大弐《だいに》、この琵琶を弾《ひ》くに調べ得ず、その父|済政《なりまさ》、今日この琵琶|僻《ひが》めり、弾くべからざる日だと言うた、経信白川院の御遊に、呂の遊の後律に調べるについに調べ得ず、古人のいう事、誠なるかなと言われたとある。和漢とも貴重な器具は、人同様心も意気地もありとしたのだ。鐘が鳴らぬからとて、大騒ぎして砕いたなど、馬鹿げた談《はなし》だが、昔は、東西ともに大人が今の小児ほどな了簡の所為多く、欧州でも中世まで、動物と人と同様の権利も義務もありとし、証人に引き、また刑の宣告もした(『ルヴィユー・シャンチフィク』三輯三巻、ラカッサニュの説)。されば時として、無心の什器《じゅうき》をも、人と対等視した例も尠《すくな》からず、一六二八年、仏国ラ・ロシェルに立て籠った新教徒降った時、仏王の将軍、かの徒の寺に懸けあった鐘を下ろし、その罪を浄めるため、手苛《てひど》く笞懲《うちこら》したは良かったが、これ
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